76歳・単身・年金収入のみ。この3行を見た時点で、審査の結論が事実上決まってしまう会社は少なくありません。ただ、その3行のどこにも「家賃を払えない」とは書かれていません。書かれているのは年齢と世帯構成と収入の種類だけです。
入居審査は本来、申込者の属性を分類する作業ではなく、契約期間中に想定されるリスクが、どの手段でどこまで手当てされているかを確認する作業です。高齢の申込者では、そのリスクの中身が現役世代とは違うところに寄ります。支払能力の見方が違い、緊急時の連絡経路が違い、退去のしかたも違う。逆に言えば、違うのはそこだけです。
本記事では、高齢の入居申込を審査するときに何を見て、どこまで確認するのかを、支払能力・保証・緊急時の体制・情報の取り扱いという4つの軸に分けて、公的資料をもとに整理します。断られる側から見た構造は高齢者が入居を断られる理由と対策の記事にまとめており、本記事はその裏返し——審査する側の判断材料の話です。なお個別の契約や個人情報の取り扱いに関する判断は、弁護士等の専門家にご確認ください。
高齢者の入居審査で年齢は審査項目になるのか
まず数の話から確認します。国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(2024年推計)によれば、世帯主が65歳以上の単独世帯は2020年の738万世帯から2050年には1,084万世帯へと約1.47倍になり、一般世帯総数に占める割合は13.2%から20.6%へ上昇すると見込まれています[1]。5世帯に1世帯が高齢の単身世帯という水準に近づいていくということです。
一方で、貸す側の姿勢はまだ追いついていません。内閣府『令和7年版高齢社会白書』によれば、高齢者の入居に関する賃貸人(大家等)の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」が44%、「従前と変わらず拒否感が強い」が16%、「従前より拒否感が強くなっている」が6%で、合わせて7割弱が何らかの拒否感を持っています[2]。ただし内訳の最大層は、拒否感が弱まりつつある層です。判断材料を出せるかどうかで結論が動く余地がある、と読むこともできます。
つまり審査の設計としては、年齢を足切りの条件に置くほど、これから増える申込の母集団を機械的に外し続けることになります。市場全体の動きは高齢者向け賃貸市場の記事で扱っています。年齢を理由に断ることが法律や行政の指導でどう扱われるかは高齢者の入居を断るのは違法か——年齢で断ることが問題になる3つの場面で整理しています。
高齢者の入居審査:支払能力は年金の実額で見る
支払能力の判断でつまずきやすいのは、「年金収入」を一括りの言葉として扱ってしまう点です。実際の金額には大きな幅があります。
厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(令和7年12月公表)によれば、令和6年度末現在における厚生年金保険(第1号)の老齢給付の受給者の平均年金月額は、併給する老齢基礎年金の額を含めて老齢年金が15万1千円です[3]。これに対し、国民年金の老齢年金受給者の平均年金月額は5万9千円、さらに基礎のみ共済なし・旧国年の老齢年金受給者に限ると5万5千円となっています[3]。
同じ「年金収入のみ」でも、月15万円と月5万5千円では、支払える家賃の水準がまったく異なります。年金収入かどうかではなく、いくらなのかを見る——支払能力の確認は、まずここが出発点になります。会社員として長く勤めた期間があるか、配偶者の遺族年金があるかで金額は変わるため、申込書の「収入」欄の内訳を聞き取る価値は高い項目です。
「収入マイナス家賃」だけで判定すると、平均的な高齢単身世帯は通らない
もう一点、現役世代の基準をそのまま当てると起きる問題があります。総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」によれば、65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の実収入は月131,456円、可処分所得は118,465円であるのに対し、消費支出は148,445円で、平均消費性向は125.3%です[4]。
収入より支出のほうが多い、つまり貯蓄の取り崩しを含めて生活が成り立っているのが平均的な姿だということです。ここに「毎月の収入から家賃を引いて黒字なら可」という判定式を当てると、平均的な高齢単身世帯はほぼ通りません。フローだけを見る基準は、この層に対しては判定式として機能していないことになります。
実務的には、年金額に加えて預貯金等のストックを確認し、想定居住期間にわたって支払が続く見通しが立つかで見るほうが実態に合います。あわせて注意したいのは、同じ統計で高齢単身無職世帯の住居費が月11,416円(消費支出の7.7%)と小さく出ている点です[4]。これは持家世帯を含む平均であり、家賃を払っている賃貸世帯の実像ではありません。統計の平均値を家賃負担の目安として転用しないほうが安全です。
保証人がいない高齢者の審査:家賃債務保証で代替できるか
支払能力の次に見るのが、支払が滞ったときの回収手段です。ここを連帯保証人の有無だけで判定すると、高齢の申込者は入口で止まります。保証人が用意できない場合の手順は高齢入居者に連帯保証人がいない場合の実務対応で詳しく扱いました。
国土交通省は、家賃債務保証の業務の適正化を図るために告示による家賃債務保証業者の登録制度を創設し、一定の要件を満たす業者を国に登録してその情報を公表しています[5]。ここで押さえておきたいのは、これが任意の登録制度であり、登録をしなくても家賃債務保証業を営むことは可能だと明記されている点です[5]。登録の有無は、業務適正化のルールを受け入れているかどうかの目印にあたります。
さらに国土交通省は、住宅確保要配慮者が利用しやすい家賃債務保証業者を国土交通大臣が認定する制度を設けており、公表されている制度概要では、認定の基準として「すべての要配慮者との家賃債務保証契約について、保証人の設定を条件としないこと」「同じく、緊急連絡先を親族などの個人に限定しない(法人でも可とする)こと」などが挙げられています[6]。保証人不在を前提にした設計が、国の認定基準として書かれているということです。ただし認定事業者数は12者(令和8年7月31日時点)で[7]、営業エリアで使えるとは限りません。認定業者、登録業者、居住支援法人の順に当たっていく実務になります。制度側の全体像は家賃債務保証と居住支援法人の記事に整理しました。
審査シート上は、「連帯保証人:有/無」の1行を、「回収手段:認定保証業者/登録保証業者/居住支援法人の保証/個人保証(極度額あり)」という選択肢に置き換えるだけでも、判定の解像度が変わります。
緊急連絡先がない高齢者の審査:見守りで補えるか
オーナーが最後まで気にするのは、支払よりもむしろ「室内で何かあったときにどうなるのか」です。ここは審査の段階で確認しておける項目です。
制度の側は、緊急連絡先を親族に限定しない方向へ動いています。前述の認定基準には、緊急連絡先を親族などの個人に限定せず法人でも可とすることが含まれています[6]。加えて、令和7年10月1日に施行された改正住宅セーフティネット法では、居住支援法人等が大家と連携し、①日常の安否確認、②訪問等による見守り、③生活・心身の状況が不安定化したときの福祉サービスへのつなぎを行う「居住サポート住宅」が設けられました[8]。制度全体の枠組みは改正住宅セーフティネット法の解説記事で扱っています。
審査で見るのは、緊急連絡先の欄が埋まっているかどうかではなく、その連絡先が実際に動ける関係かどうかです。遠方の親族名が書いてあるだけで実質的に連絡が取れないより、法人の連絡先と見守りの仕組みが組み合わさっているほうが、オーナーへの説明材料としては強くなります。安否確認の手段の選び方は見守りサービスの選び方の記事に、サービスの実例は審査に活かせる安否確認の実例を見るにまとめています。地域の連携先の探し方は居住支援協議会の記事が参考になります。なお国の全国調査では、孤独感と強く相関するのは年齢ではなく「気軽に話せる相手がいるか」でした。その根拠は孤独・孤立対策推進法と賃貸住宅の記事にまとめています。
緊急連絡先として身元保証会社の名が示された場合に、貸す側が確認できる項目は高齢者の賃貸入居と身元保証会社:連帯保証人との違いと、国のガイドラインで確認する6項目にまとめています。
退去時の手当ても同様です。原状回復や残置物の費用負担をどう整理するかは原状回復費用の負担に関する記事にまとめました。審査の段階で、この論点に答えが用意されているかを確認しておくと、契約直前で止まる事態を減らせます。
入居審査で聞いてよいこと・聞いてはいけないこと(要配慮個人情報)
見落とされやすいのが、審査で取得した情報そのものの扱いです。高齢の申込者では、健康状態や通院歴を聞きたくなる場面が出てきますが、ここには線があります。
個人情報の保護に関する法律は、「要配慮個人情報」を「本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報」と定義しています(法第2条第3項)[9]。政令では、身体障害・知的障害・精神障害(発達障害を含む)等の心身の機能の障害があることも含まれるとされています[9]。
そのうえで法第20条第2項は、法令に基づく場合など一定の場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで要配慮個人情報を取得してはならないと定めています[9]。病歴は、この要配慮個人情報に当たります。
実務上のポイントは2つです。第1に、健康状態に関する事項を審査で確認する場合は、何のために聞くのかを説明したうえで本人の同意を得る手順を踏むこと。第2に、聞いた内容を保証会社やオーナーへ共有する範囲を、あらかじめ決めておくことです。「なんとなく安心材料として聞いておく」形が最も危うく、目的が説明できない質問は審査項目から外すのが筋が通ります。
この点は、単なる法令順守の話にとどまりません。目的を説明できる項目だけで審査シートを組むと、結果として属性による曖昧な判断が減り、オーナーへの説明も「この項目をこう確認しました」という形に揃います。
高齢者の入居審査チェックリスト:5つの確認項目
以上を、実際のチェック項目に並べ直します。
1. 年金の内訳と月額。「年金収入」ではなく金額を確認します。厚生年金の受給者平均は月15万1千円、国民年金の老齢年金受給者平均は月5万9千円と幅があります[3]。
2. フローとストックの両方。高齢単身無職世帯は平均で収入131,456円に対し支出148,445円[4]。フロー単独の判定式では実態を捉えられないため、預貯金等もあわせて見ます。
3. 回収手段の具体名。保証人の有無ではなく、どの保証を使うかを書きます。認定保証業者は保証人の設定を条件としないことが認定基準に含まれます[6]。
4. 緊急連絡先の実効性と見守りの有無。法人を連絡先にできる前提で組み立てます[6]。居住サポート住宅の枠組みも選択肢に入ります[8]。
5. 取得情報の目的と同意。健康状態など要配慮個人情報に当たる事項は、あらかじめ本人の同意を得たうえで取得します[9]。
この5項目が埋まると、オーナーへの回答は「高齢だがお願いしたい」ではなく、「支払は年金○円と預貯金で見通しを確認、回収は保証業者、緊急時は法人連絡先と見守り、情報は同意を得て取得」という形になります。内見・申込の段階で詰まりやすい場面は内見・申込対応の実務の記事に、契約時に確認する項目は高齢者の賃貸契約チェックリストにまとめています。
まとめ:審査基準を変えるのではなく、項目を分解する
高齢者の入居審査で必要なのは、基準を緩めることではありません。これまで「連帯保証人の有無」や「年齢」という粗い1行に押し込んでいた判断を、支払能力・回収手段・緊急時の体制・情報の取り扱いという項目に分解することです。分解すると、それぞれに制度上の受け皿があることが見えてきます。
国土交通省の住宅セーフティネット制度では、住宅確保要配慮者は法律において低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と定められており、その入居を拒まない賃貸住宅の登録制度が設けられています[8]。高齢であることは、制度上は支援の対象を示す区分であって、賃貸借契約が成立しない理由として書かれているわけではありません。
審査の設計を見直すことは、受けられる申込の幅を広げることでもあります。空室対策としての位置づけは空室対策の判断基準の記事に整理しました。年齢の欄を見て判断を終える運用から、5つの項目を埋める運用へ——変えるのは基準ではなく、項目の粒度です。
その前提となる「高齢者は滞納が多い」という見方が公表データでどこまで裏づけられるのかは、高齢者の家賃滞納は本当に多いのか——公表データで確かめるで検証しています。審査で確認した論点を、実際に受け入れる側の準備としてどう並べるかは高齢者の入居を断らない物件はどこが違うのか——受け入れている側が契約前に済ませている4つの準備にまとめています。
5項目を埋めてもなお自社の物件では条件が合わない場合は、高齢者の受け入れに対応している事業者へ引き継ぐ方法もあります(R65不動産の物件検索・入居相談)。審査に落ちた申込者をそのまま帰さずに済みます。
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」2024年推計(世帯主が65歳以上の単独世帯は2020年738万世帯→2050年1,084万世帯・約1.47倍/一般世帯総数に占める割合13.2%→20.6%)。ipss.go.jp(PDF)
- 内閣府「令和7年版高齢社会白書(全体版)」第1章第2節4 生活環境(高齢者の入居に関する賃貸人〈大家等〉の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」44%・「従前と変わらず拒否感が強い」16%・「従前より拒否感が強くなっている」6%)。cao.go.jp
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(令和7年12月)。令和6年度末現在における厚生年金保険(第1号)の老齢給付の受給者の平均年金月額は、併給する老齢基礎年金の額を含めて老齢年金が15万1千円/国民年金の老齢年金受給者の平均年金月額は令和6年度末現在で5万9千円、基礎のみ共済なし・旧国年の老齢年金受給者は5万5千円。mhlw.go.jp(PDF)
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」参考4。65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)は実収入131,456円・可処分所得118,465円・消費支出148,445円・平均消費性向125.3%/消費支出の内訳のうち住居は11,416円(構成比7.7%)。stat.go.jp(PDF)
- 国土交通省「家賃債務保証業者登録制度」(家賃債務保証の業務の適正化を図るために、国土交通省の告示による家賃債務保証業者の登録制度を創設/一定の要件を満たす家賃債務保証業者を国に登録し、その情報を公表/これは任意の登録制度であり、登録をしなくても家賃債務保証業を営むことは可能)。mlit.go.jp
- 国土交通省「認定家賃債務保証業者制度の概要」(認定の基準:居住サポート住宅に入居する要配慮者の家賃債務保証を正当な理由なく断らない/すべての要配慮者との家賃債務保証契約について、緊急連絡先を親族などの個人に限定しない〈法人でも可とする〉こと・保証人の設定を条件としないこと 等)。mlit.go.jp(PDF)
- 国土交通省「認定家賃債務保証業者一覧」(認定事業者数:12者・令和8年7月31日時点)。mlit.go.jp
- 国土交通省「住宅セーフティネット制度」(令和7年10月1日に改正住宅セーフティネット法が施行/住宅確保要配慮者は法律において低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と定められている/住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度/居住サポート住宅は居住支援法人等が大家と連携し、日常の安否確認・訪問等による見守り・生活や心身の状況が不安定化したときの福祉サービスへのつなぎを行う住宅)。mlit.go.jp
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」平成28年11月(令和8年6月一部改正)。法第2条第3項「要配慮個人情報」の定義(本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報)/政令第2条(身体障害、知的障害、精神障害〈発達障害を含む〉その他の心身の機能の障害があること 等)/法第20条第2項(個人情報取扱事業者は、法令に基づく場合等を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない)。ppc.go.jp(PDF)