高齢の入居希望者を断るとき、現場でもっとも多く挙がる理由は「家賃を払い続けられるか分からない」です。これは感覚的な話ではなく、調査でも第1位として数値化されています。ところが——その不安を裏づける「高齢者の滞納率」の数字を出せる人は、ほとんどいません。
本記事は、その一点を確かめる作業の記録です。公表されている資料をたどり、何が数値化されていて、何が数値化されていないのかを分けたうえで、支払い能力の側から見える事実を整理します。断られる側から見た全体像は高齢者が入居を断られる理由と対策の記事にまとめており、本記事はそのうち「家賃の不安」だけを取り出して検証するものです。
断る理由の第1位は「家賃の支払いに対する不安」——ここは数字がある
まず、不安が存在すること自体は明確に数値化されています。国土交通省住宅局が平成28年(2016年)10月に「家賃債務保証の情報提供等に関する検討会」へ提出した資料「家賃債務保証の現状」によれば、賃貸人が入居制限をする理由は「家賃の支払いに対する不安」が57.3%で最多、次いで「住宅の使用方法に対する不安」33.5%、「入居者以外の者の出入りへの不安」25.3%、「居室内での死亡事故等に対する不安」18.8%と続きます[1]。同じ資料では入居制限の状況として「単身の高齢者(60歳以上)は不可」が11.9%、「高齢者のみの世帯は不可」が8.9%と示されています[1]。
ここで押さえておきたいのは、これらが測っているのは「貸す側の不安」であって、「借りる側の滞納」ではないという点です。同資料の当該図表は(公財)日本賃貸住宅管理協会の平成26年度調査を出典としており、賃貸人の入居制限の状況として「なぜ制限するのか」を集計したものです[1]。理由として最も多く選ばれた項目が、そのまま実際の発生率を表すわけではありません。
貸す側の意識そのものは、その後も追跡されています。内閣府『令和7年版高齢社会白書』によれば、高齢者の入居に関する賃貸人(大家等)の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」が44%、「従前と変わらず拒否感が強い」が16%、「従前より拒否感が強くなっている」が6%で、合わせて7割弱が何らかの拒否感を持つ一方、最大層は拒否感が弱まりつつある層です[2]。
では滞納の実績は?——年齢別の数字は、探しても見当たらない
次に、不安に対応する実績データを探しました。結論を先に書きます。入居者の年齢別に家賃滞納の発生率を継続的に公表している公的統計は、確認できませんでした。
賃貸住宅の家賃に関する政府統計はいくつもあります。総務省『住宅・土地統計調査』は家賃の水準と住宅ストックを、国土交通省『住宅市場動向調査』は住み替えの実態を捉えています。しかし「誰が、どれだけ滞納したか」を年齢層別に集計した公的な時系列データは、そこには含まれていません。滞納の情報は家賃債務保証会社や管理会社の内部データとして各社に分散しており、統一した定義で集計・公表される仕組みが、そもそも整っていないためです。
この「無い」という事実は、それ自体が実務上の意味を持ちます。入居を断る判断の根拠として「高齢者は滞納が多い」と言うとき、その主張を支える公表データは、少なくとも公的統計の中には見当たらないということだからです。逆に「高齢者の滞納は少ない」と主張する場合も同様で、どちらの側にも数字の裏づけはありません。ここは断定を避けるべき領域だと考えています。
数値化されているのは「審査の通りやすさ」——実績ではなく判断のほう
滞納の実績が見当たらない一方で、はっきり数値化されているものがあります。家賃債務保証会社の審査が、年齢によってどう変わるかです。
先の国土交通省の資料には、(公財)日本賃貸住宅管理協会が平成28年(2016年)6月に実施した家賃債務保証会社へのアンケート調査の結果が収録されています。年代別に「通りやすい」と回答した割合を見ると、30代75.5%、40代73.6%、50代67.9%、20代54.7%、60代49.1%、20代未満40.4%、そして70代22.6%で、70代が全年代で最も低いという並びになっています[1]。属性別では「高齢(60歳以上)で年収350万円以下」が45.3%でした[1]。
この数字が示しているのは、審査する側の判断の傾向です。滞納が実際に何%起きたかではありません。同じ調査の属性別データを見ると、その性格がよく分かります。生活保護受給者は、住宅扶助の代理納付が「ある」場合は43.4%が「通りやすい」、「ない」場合は17.0%と、収入の額ではなく支払いの経路が確保されているかどうかで、審査の通りやすさが2倍以上変わっています[1]。
この「経路」にあたる代理納付が何を根拠にどこまで使えるのかは、生活保護を受けている高齢者に部屋を貸せるか——住宅扶助の上限、代理納付、ケースワーカーの役割で条文にあたって整理しています。
審査側が見ているのは、収入そのものよりも「どういう仕組みで家賃が届くか」だと読めます。審査する側の判断材料を項目ごとに分解した内容は高齢者の入居審査に関する記事に、保証の仕組みそのものは家賃債務保証と居住支援法人の記事にまとめています。なお引用した調査は2016年公表のもので、その後の改正住宅セーフティネット法の施行を経た現在の傾向を示すものではない点は補足しておきます。
支払い能力を家計データから見る——収入の「性質」が違う
滞納の実績が無いなら、支払い能力の側から確かめる方法があります。ここは公的統計が充実しています。
総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」によれば、65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の実収入は月131,456円、可処分所得は118,465円、消費支出は148,445円です[3]。65歳以上の夫婦のみの無職世帯では実収入254,395円、可処分所得221,544円、消費支出263,979円となっています[3]。
ここで注目したいのは金額よりも構成のほうです。高齢単身無職世帯の実収入131,456円のうち、社会保障給付が120,212円を占め、実収入に対する割合は91.4%にのぼります[3]。厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」でも、高齢者世帯の1世帯当たり平均所得金額336万1千円(2024年〈令和6年〉の所得)の内訳は公的年金・恩給が61.3%、稼働所得が25.9%で、さらに公的年金・恩給を受給している高齢者世帯のうち41.3%は、公的年金・恩給が総所得の100%という状態です[4]。
つまり高齢世帯の収入は、金額が大きくない代わりに、入る時期と額が事前に分かるという性質を持っています。賃金は雇用の変動を受け、賞与や残業代で振れますが、年金は原則として偶数月に定額で振り込まれます。与信という観点では、金額の多寡と変動の小ささは別々の評価軸であり、後者は高齢世帯の側に寄っている、という言い方ができます。
ただし、良い面だけを見ない——赤字構造という事実
公平を期すために、同じ家計調査が示すもう一方の事実も書きます。高齢単身無職世帯の平均消費性向は125.3%、実収入と支出の差額は月29,980円のマイナスです[3]。夫婦のみの無職世帯でも平均消費性向は119.2%、差額は月42,434円のマイナスでした[3]。平均像としては、貯蓄の取り崩しを前提とした家計構造だということです。
したがって「年金があるから安心」という単純化は成り立ちません。フローの収入だけで見れば足りておらず、ストック(貯蓄)の状況によって持続可能性が変わる——これが家計調査から読み取れる正確な姿です。
そのストックの側も、同じ厚生労働省の調査で数値化されています。2025年(令和7年)6月末時点で、高齢者世帯は「貯蓄がある」が81.2%、1世帯当たり平均貯蓄額は1,647万6千円で、全世帯の平均貯蓄額1,414万8千円を上回ります[4]。一方で「貯蓄がない」も9.9%あり、貯蓄額の分布は3,000万円以上が15.3%、50万円未満が3.6%と大きく開いています[4]。借入金については「借入金がある」が6.5%(全世帯23.5%)、1世帯当たり平均借入金額は34万7千円(全世帯362万5千円)です[4]。平均だけを見ても、分布を見ないと判断を誤る典型的な形で、審査で預貯金の状況を個別に確認する実務には、この点で合理性があります。
もう一点、資料を読むときの注意です。家計調査の「住居」費は持家世帯を含む平均値であり、家賃を支払っている借家世帯だけの負担額ではありません。高齢単身無職世帯の住居費は月11,416円(消費支出の7.7%)と表示されますが[3]、これを「高齢者が払える家賃の目安」と読むのは誤りです。実際の負担率は住まいの形態によって大きく異なります。
なお主観的な指標では、内閣府『令和7年版高齢社会白書』が、経済的な暮らし向きについて「心配がない」と感じている60歳以上の者の割合を65.9%と示しています[5]。厚生労働省の調査でも、生活意識が「苦しい」とする割合は高齢者世帯52.1%に対し全世帯は55.4%で、高齢者世帯のほうがやや低い結果でした[4]。意識調査であり実際の支払い能力とは別物ですが、「高齢者=家計が苦しい層」という前提が、当事者の認識とは一致していないことは押さえておいてよい事実です。
実務:不安を「数字で置き換えられる項目」に分解する
ここまでを踏まえると、現場で取れる方針が見えてきます。年齢という属性で判断する代わりに、不安の中身を分解して、確認できる項目に置き換えるという進め方です。
1. 収入の「安定性」を、額とは別に確認する。年金の受給状況、振込の周期、給与収入の有無。前述のとおり収入の変動の小ささは独立した評価軸で、額面だけを基準にすると見落とします。
2. 支払いの「経路」を確保する。審査データが示したとおり、代理納付という経路があるかどうかで判断は大きく変わりました[1]。家賃債務保証の付保、口座振替の設定、連帯保証人の代替手段。保証人を用意できない場合の具体的な手順は連帯保証人がいない場合の実務対応の記事にまとめています。
3. 滞納以外の不安を、滞納の話と混ぜない。入居制限の理由には「居室内での死亡事故等に対する不安」18.8%も含まれていました[1]。これは支払い能力とは別の論点で、対処法も異なります。安否確認の仕組みが該当し、選び方は見守りサービスの選び方の記事に、サービスの実例としては死亡事故等の不安に対応する見守りの実例を見ることができます。2つの不安を束ねて「高齢者はリスクが高い」と評価すると、どちらの手当てもできません。
4. 制度の受け皿を確認する。国土交通省の住宅セーフティネット制度では、住宅確保要配慮者として低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯が法律で定められ、その入居を拒まない賃貸住宅の登録制度が設けられています[6]。制度の全体像は改正住宅セーフティネット法の解説記事で扱っています。
まとめ:数字が無いところに、数字があるかのように振る舞わない
この記事で確かめられたことを整理します。①「家賃の支払いに対する不安」が入居制限の理由の第1位(57.3%)であることは、資料で確認できる[1]。②その不安に対応する年齢別の滞納実績を示す公的統計は、見当たらない。③代わりに数値化されているのは、家賃債務保証会社の審査の通りやすさ(70代22.6%・30代75.5%)という、判断する側の傾向である[1]。④支払い能力の側からは、収入の9割超が社会保障給付という予測しやすさと、平均消費性向125.3%という赤字構造の両方が読み取れる[3]。
したがって、この論点で言えるのは「高齢者の滞納が多いとも少ないとも、公表データからは言えない」ということです。物足りない結論に見えるかもしれませんが、実務では扱いやすい結論でもあります。属性で判断できないなら、個別の条件を見るしかない——それは元々、賃貸の審査がやってきたことだからです。
市場の側の変化については高齢入居者の市場データをまとめた記事を、断られる構造の全体像については冒頭で挙げた断られる理由と対策の記事をあわせてご覧ください。
- 国土交通省 住宅局「家賃債務保証の現状」(平成28年〈2016年〉10月、家賃債務保証の情報提供等に関する検討会 資料4-1)。入居制限する理由=家賃の支払いに対する不安57.3%/住宅の使用方法に対する不安33.5%/入居者以外の者の出入りへの不安25.3%/居室内での死亡事故等に対する不安18.8%、入居制限の有無=単身の高齢者(60歳以上)は不可11.9%/高齢者のみの世帯は不可8.9%(出典=(公財)日本賃貸住宅管理協会 平成26年度「家賃債務保証会社の実態調査報告書」)。年代別の審査状況で「通りやすい」=30代75.5%/40代73.6%/50代67.9%/20代54.7%/60代49.1%/20代未満40.4%/70代22.6%、属性別で「高齢(60歳以上)で年収350万円以下」45.3%/生活保護受給者(住宅扶助代理納付あり)43.4%・(なし)17.0%(出典=(公財)日本賃貸住宅管理協会 平成28年6月「家賃債務保証会社へのアンケート調査」)。mlit.go.jp(PDF)
- 内閣府「令和7年版高齢社会白書(全体版)」第1章第2節4 生活環境(高齢者の入居に関する賃貸人〈大家等〉の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」44%・「従前と変わらず拒否感が強い」16%・「従前より拒否感が強くなっている」6%で、7割弱が拒否感を持っている)。cao.go.jp
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」<参考4>65歳以上の無職世帯の家計収支(65歳以上の単身無職世帯=実収入131,456円・可処分所得118,465円・消費支出148,445円・社会保障給付120,212円〈実収入の91.4%〉・住居11,416円〈消費支出の7.7%〉・平均消費性向125.3%・差額分△29,980円/65歳以上の夫婦のみの無職世帯=実収入254,395円・可処分所得221,544円・消費支出263,979円・平均消費性向119.2%・差額分△42,434円。いずれも月平均額)。stat.go.jp(PDF)/年報トップ:stat.go.jp
- 厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」Ⅱ 各種世帯の所得等の状況(所得は2024年〈令和6年〉1月1日から12月31日までの1年間の所得、貯蓄・借入金は2025年〈令和7年〉6月末日現在。高齢者世帯の1世帯当たり平均所得金額336万1千円・全世帯575万2千円/所得の種類別構成割合は公的年金・恩給61.3%・稼働所得25.9%/公的年金・恩給を受給している高齢者世帯のうち「公的年金・恩給の総所得に占める割合が100%の世帯」41.3%/高齢者世帯は「貯蓄がある」81.2%・「貯蓄がない」9.9%・1世帯当たり平均貯蓄額1,647万6千円〈全世帯1,414万8千円〉・貯蓄額3,000万円以上15.3%・50万円未満3.6%/「借入金がある」6.5%〈全世帯23.5%〉・1世帯当たり平均借入金額34万7千円〈全世帯362万5千円〉/生活意識が「苦しい」割合は高齢者世帯52.1%・全世帯55.4%)。mhlw.go.jp(PDF)/概況トップ:mhlw.go.jp
- 内閣府「令和7年版高齢社会白書(全体版)」第1章第2節1(経済的な暮らし向きについて「心配がない」=「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮らしている」と「家計にあまりゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」の計と感じている60歳以上の者の割合は65.9%)。cao.go.jp
- 国土交通省「住宅セーフティネット制度」(住宅確保要配慮者は法律において低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と定められている/住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度)。mlit.go.jp