70代の単身の方から申込みが入った。オーナーは「年齢が気になる」と言っている。ここで断ったら差別だと言われないか、法律に触れないか——管理会社や仲介の担当者が迷うのは、この場面です。
先に結論の形を示しておくと、賃貸借契約を結ぶかどうかは、民法上は原則として当事者が自由に決められます。ただし「原則」には例外があり、少なくとも3つの場面では、年齢を理由にした断り方が問題になります。この記事では、その3つを条文と行政の公表資料で確かめ、断るか受けるかを判断するときの材料を整理します。個別の事案が違法かどうかの判断は、弁護士などの専門家に確認してください。
高齢者の入居を年齢だけで断るのは違法なのか:出発点は「契約の自由」
民法第521条第1項は、「何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる」と定めています[1]。貸主が誰と賃貸借契約を結ぶかは、この原則の上にあります。
大事なのは、条文の前半にある「法令に特別の定めがある場合を除き」という部分です。自由は無条件ではなく、法令で別の定めが置かれた場面では制限を受けます。高齢者の入居で、その「別の定め」が条文として置かれているのが、次に見るセーフティネット住宅です。
もうひとつ、法令の条文とは別に、宅地建物取引業者には行政から人権への配慮が求められています。ここは違法・適法の二択ではなく、業としての運営が適正かどうかという物差しで見られます。つまり「民法上は自由だから問題ない」で話を終えると、見落とす部分が残ります。
高齢者を受け入れる範囲に含めてセーフティネット住宅に登録した物件では、高齢者であることを理由に断れない
住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律)は、第2条第1項で住宅確保要配慮者の範囲を定め、その第3号に「高齢者」を挙げています[2]。そのうえで第17条は、次のように定めています[2]。
登録事業者は、登録住宅に入居を希望する住宅確保要配慮者(当該登録住宅について第九条第一項第六号に掲げる範囲を定めた場合にあっては、その範囲に属する者。…)に対し、住宅確保要配慮者であることを理由として、入居を拒んではならない。
ポイントは3つです。
- 対象は登録住宅だけ。セーフティネット住宅として都道府県等に登録していない一般の賃貸住宅には、この条文はかかりません[2]
- 受け入れる範囲は登録時に定められる。第9条第1項第6号で「入居を受け入れることとする住宅確保要配慮者の範囲」を申請書に書くことができ、その範囲は第10条第1項第3号により「住宅確保要配慮者の入居を不当に制限しないもの」として省令の基準に合う必要があります[2]
- 違反すると是正の指示、指示に違反すると登録の取消しがありうる。第23条第3項は第17条違反に対する都道府県知事の指示を、第24条第2項第2号は指示に違反したときの登録の取消しを定めています[2]
範囲に高齢者を含めて登録した住宅で「高齢だから」と断るのは、この条文に正面からぶつかります。一方で、条文が禁じているのは「住宅確保要配慮者であることを理由として」拒むことです。家賃の支払の見通しなど、別の理由による判断まで一律に禁じた書き方ではありません。登録の基準や申請の流れはセーフティネット住宅の登録とは:面積・耐震・家賃の基準と申請の流れで扱っています。
宅建業者が「高齢者不可」の条件で媒介するときに問われること
2つめの場面は、仲介・管理の立場です。国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(令和8年4月1日施行版)は、「その他の留意すべき事項」の最初に宅地建物取引業者の社会的責務を置き、人権問題の状況について「賃貸住宅の媒介業務に係る不当な入居差別等の事象が発生している」と書いています[3]。そのうえで、同和地区、在日外国人、障害者、高齢者等をめぐる人権問題に対する意識の向上を図るため、教育・啓発の推進と、宅地建物取引業者に対する周知徹底及び指導を行う必要がある、としています[3]。
これを自治体の指導の基準に落とし込んだ例が大阪府です。大阪府は、府知事が指導監督を行う場合の統一的な基準として「宅地建物取引業法に基づく指導監督基準」(2011年1月施行)を定め、「賃貸住宅の入居申込者が外国人、障がい者、高齢者又は母子(父子)家庭であるという理由だけで、入居申込みを拒否すること」を、宅地建物取引業の運営に関し適正を欠く行為としています。違反すると行政指導等を行う、と府のページに明記されています[4]。
ここから読み取れるのは、オーナーの「高齢者不可」という意向を、宅建業者がそのまま申込者への回答にして終わらせることは、行政からは人権の問題として見られている、ということです。大阪府の基準は府知事免許の業者に向けたもので、全国一律の基準ではありません。それでも、国の解釈・運用の考え方が同じ方向を示している以上、他の地域でも「オーナーがそう言ったから」は説明として弱いと考えておくほうが安全です。
実務で取れる手は、オーナーの不安を「年齢」から「確認できる事実」に言い換えてもらうことです。拒否感の中身と、それを解く備えの順番はオーナーの約7割が拒否感。高齢者入居の不安を解く3つの備えで整理しています。
高齢者の入居拒否は、人権問題としてどう見られているか
3つめの場面は、法令ではなく受け止められ方の問題です。内閣府「人権擁護に関する世論調査」(令和4年8月調査)で、高齢者に関して人権問題だと思ったことを複数回答で聞いたところ、回答者1,556人のうち22.2%が「アパートなどへの入居を拒否されること」を挙げました[5]。同じ設問の最多は「悪徳商法、特殊詐欺の被害が多いこと」の44.7%です[5]。
一方、貸す側の意識は、内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、高齢者の入居に関する賃貸人(大家等)の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」が44%、「従前と変わらず拒否感が強い」が16%、「従前より拒否感が強くなっている」が6%で、7割弱が拒否感を持っています[6]。
断る側にとっては「リスクへの備え」でも、断られる側や周囲からは「年齢による入居拒否」と受け止められる——このずれがある、ということです。年齢だけを伝える断り方は、その理由が申込者本人にはどうにもできない事柄であるぶん、差別と受け止められやすくなります。
高齢者の入居審査で断る理由にしてよいもの・しないほうがよいもの
ここまでの3つを踏まえると、判断の軸は「年齢」ではなく、申込みごとに確認できる事実に置くのが筋です。
- 判断の材料にしやすいもの:家賃に対する収入・預貯金の見通し、家賃債務保証の可否、緊急時に実際に動ける連絡先があるか
- 理由にしないほうがよいもの:年齢そのもの、「高齢だから」「ひとり暮らしだから」といった属性だけの説明
- 聞き方に注意がいるもの:病歴や障害など、個人情報保護法の「要配慮個人情報」にあたる情報。本人の同意なく取得することは、法令に基づく場合等を除いてできません[7]
同じ「お断り」でも、「保証会社の審査が通らなかった」「支払の見通しが確認できなかった」と事実で説明できる場合と、「年齢が理由です」と伝える場合とでは、受け止められ方も、後から説明を求められたときの答えやすさも違います。審査項目をどう分解するかは高齢者の入居審査:何を見て、どこまで確認するのかにまとめました。
断らずに受けると決めたら、入居後の安否をどう確かめるか
審査項目を分解してみると、オーナーの不安の多くは「支払」よりも「室内で何かあったときに気づけるか」に残ります。
この不安は、年齢で断ることでは解けません。受け入れる側で「気づける仕組み」を用意しておけば、オーナーに対しても「年齢ではなく体制で判断した」と説明できるようになります。高齢の入居者を受け入れるときの見守りの仕組みを見る
自社だけで高齢者の受け入れを抱えきれないとき
保証・見守り・受け入れに前向きなオーナーとの接点を、1社で全部そろえるのは簡単ではありません。「今回は自社の管理物件では難しい」という判断になったときも、申込者を行き先のないまま帰すのではなく、高齢者の入居を扱っているネットワークにつなぐという返し方があります。断る以外の選択肢を持っておくことが、結果として「年齢で断った」と受け止められる場面を減らします。高齢者の入居を扱うネットワークへのパートナー登録について相談する
まとめ:高齢者の入居を断る前に確認すること
- 契約するかどうかは原則自由。ただし「法令に特別の定めがある場合を除き」(民法第521条第1項)[1]
- セーフティネット住宅として登録した物件では、受け入れる範囲に高齢者が含まれていれば、高齢者であることを理由に断れない。違反は是正の指示、指示違反は登録取消しの対象になりうる(住宅セーフティネット法第17条・第23条第3項・第24条第2項)[2]
- 宅建業者の媒介では、不当な入居差別は人権問題として指導の対象。大阪府は高齢者であるという理由だけでの拒否を「適正を欠く行為」としている[3][4]
- 「アパートなどへの入居を拒否されること」を高齢者の人権問題に挙げた人は22.2%(令和4年8月調査)[5]
- 断るなら、年齢ではなく確認できる事実で説明する。受けるなら、見守りの仕組みで不安の中身に答える
年齢で一律に線を引くと、判断は簡単になりますが、説明はむしろ難しくなります。何が不安なのかを分けて、備えで答えられるものから答えていくほうが、オーナーにも申込者にも説明のつく判断になります。
- 第521条第1項(何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる):デジタル庁「e-Gov法令検索 民法(明治二十九年法律第八十九号)」。条文は e-Gov 法令APIの全文XMLで確認。laws.e-gov.go.jp(2026年9月17日確認)
- 第2条第1項第3号(住宅確保要配慮者に高齢者を含む)、第9条第1項第6号(入居を受け入れることとする住宅確保要配慮者の範囲)、第10条第1項第3号(その範囲が入居を不当に制限しないものとして省令の基準に適合すること)、第17条(入居の拒否の制限)、第23条第3項(第16条又は第17条違反に対する是正の指示)、第24条第2項第2号(指示に違反したときの登録の取消し):デジタル庁「e-Gov法令検索 住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律(平成十九年法律第百十二号)」令和7年10月1日施行時点。条文は e-Gov 法令APIの全文XMLで確認。laws.e-gov.go.jp(2026年9月17日確認)
- 「その他の留意すべき事項 1 宅地建物取引業者の社会的責務に関する意識の向上について」(賃貸住宅の媒介業務に係る不当な入居差別等の事象が発生している/同和地区、在日外国人、障害者、高齢者等をめぐる人権問題に対する意識の向上を図るため、宅地建物取引士等の従事者に対する講習等を通じて人権に関する教育・啓発活動のより一層の推進を図るとともに、宅地建物取引業者に対する周知徹底及び指導を行う必要がある):国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」令和8年4月1日施行版。mlit.go.jp(PDF)(2026年9月17日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)
- 「宅地建物取引業法に基づく指導監督基準」(2011(平成23)年1月施行)で、「賃貸住宅の入居申込者が外国人、障がい者、高齢者又は母子(父子)家庭であるという理由だけで、入居申込みを拒否すること」を宅地建物取引業の運営に関し適正を欠く行為とし、違反すると行政指導等を行うこと:大阪府「宅地建物取引業とじんけん」。pref.osaka.lg.jp(2026年9月17日確認)
- 問9 高齢者に関する人権問題(複数回答・該当者数1,556人):「悪徳商法、特殊詐欺の被害が多いこと」44.7%、「アパートなどへの入居を拒否されること」22.2%:内閣府「人権擁護に関する世論調査(令和4年8月調査)」調査結果の概要および集計表9。survey.gov-online.go.jp(2026年9月17日確認・集計表9のCSVで数値を照合)
- 内閣府「令和7年版高齢社会白書(全体版)」第1章第2節4 生活環境(高齢者の入居に関する賃貸人〈大家等〉の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」44%・「従前と変わらず拒否感が強い」16%・「従前より拒否感が強くなっている」6%、7割弱が拒否感を持っている)。cao.go.jp(2026年9月17日確認)
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」平成28年11月(令和8年6月一部改正)。法第2条第3項「要配慮個人情報」の定義(本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報)/法第20条第2項(個人情報取扱事業者は、法令に基づく場合等を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、要配慮個人情報を取得してはならない)。ppc.go.jp(PDF)(2026年9月17日確認)
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