空室が埋まらないとき、まず検討されるのは家賃の見直し、フリーレント、原状回復や小規模なリフォーム、広告料の上乗せといった打ち手です。いずれも有効な選択肢ですが、これらはすべて「これまでと同じ入居者層のなかで競争条件を良くする」という発想に立っています。募集ターゲットそのものを広げるという選択肢を、同じテーブルに載せて比べている会社はまだ多くありません。
本記事では、募集ターゲットを高齢者に広げるかどうかを、感覚ではなく公的統計と制度にもとづいて判断するための4つの軸を整理します。すべての物件で有効という話ではなく、「どの物件なら検討に値するのか」を切り分けるための材料としてお読みください。効果を保証するものではない点は、あらかじめお断りしておきます。
空室の内訳を見ると、半分は「賃貸用の空き家」
総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査(2023年10月1日現在)によると、総住宅数は6,504万7千戸、そのうち空き家は900万2千戸で、空き家率は13.8%と過去最高になりました[1]。ここまでは広く知られた数字ですが、実務にとって重要なのはその内訳です。
空き家900万2千戸のうち「賃貸用の空き家」は443万6千戸で、空き家総数の49.3%を占めます[1]。つまり空き家問題のおよそ半分は、放置された古家ではなく、いま募集中の賃貸物件そのものです。建て方別に見るとこの傾向はさらに鮮明で、共同住宅の空き家502万9千戸のうち78.5%(394万7千戸)が賃貸用の空き家でした[1]。逆に一戸建の空き家352万3千戸では、その80.9%が「賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家」、いわゆる用途の決まっていない空き家です[1]。
この切り分けは、打ち手の方向を変えます。一戸建の空き家は活用の入口をどう作るかという課題ですが、共同住宅の空室は「募集しているのに決まらない」という課題です。後者に対しては、物件を作り替えるより先に、募集の対象範囲を見直すほうが着手しやすい場合があります。
需要側で増えているのは高齢単身世帯
同じ調査で世帯側を見ると、主世帯5,566万5千世帯のうち65歳以上の世帯員がいる世帯は2,375万世帯、全体の42.7%を占めます[1]。さらにそのうち高齢単身世帯は761万7千世帯(高齢者のいる世帯の32.1%)で、過去最高となりました[1]。総務省統計局の人口推計では、2025年10月1日現在の65歳以上人口は3,622万人・高齢化率29.4%、75歳以上人口は2,127万人・17.3%と、いずれも過去最高です[4]。
ここで押さえておきたいのが、住まいの持ち方の違いです。高齢者のいる世帯全体では持ち家が81.6%、借家が18.2%ですが、高齢単身世帯だけを見ると借家の割合は32.2%まで上がります[1]。内訳では民営借家(木造7.6%・非木造13.4%)が合わせて21.0%を占め、実数では約160万世帯です[1]。高齢者イコール持ち家という前提は、単身世帯には当てはまりません。
そしてこの層は、今後さらに増える見通しです。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」2024年推計によれば、世帯主が65歳以上の単独世帯は2020年の738万世帯から2050年には1,084万世帯へと1.47倍に増加し、一般世帯総数に占める65歳以上の単独世帯の割合は13.2%から20.6%へ上昇するとされています[3]。世帯主が75歳以上の単独世帯にいたっては1.69倍です[3]。供給側の空室が積み上がる一方で、需要側では借家に住む単身高齢者が増えていく——この構図が、ターゲットを広げる判断の出発点になります。
判断軸①:物件の設備が、いまどの位置にあるか
とはいえ、どの空室でも同じように検討できるわけではありません。まず見るべきは設備です。住宅・土地統計調査によると、高齢者等のための設備がある住宅は3,115万5千戸で住宅全体の56.0%、2018年の50.9%から5.1ポイント上昇しました[1]。設備別の割合は、「手すりがある」44.0%、「段差のない屋内」22.3%、「またぎやすい高さの浴槽」20.5%、「廊下などが車いすで通行可能な幅」16.8%、「道路から玄関まで車いすで通行可能」13.4%です[1]。
この数字は、判断の物差しとして使えます。手すりは住宅の4割強に付いている一方、車いすでの通行に対応した住宅は2割に届きません。裏を返せば、手すりの設置や段差の解消といった比較的小さな工事は、多くの住宅がすでに通過している水準であり、対応していない物件は競合に対して不利になりやすいということです。一方で、車いす対応まで踏み込むかどうかは、工事の規模も入居対象も大きく変わるため、別の判断になります。
実務では、まず自社が扱う空室のうち「手すりと屋内の段差」に対応済みの物件がどれだけあるかを棚卸しし、そこから検討対象を絞り込むのが現実的です。改修が必要な場合は、後述する補助制度の対象になりうるかも合わせて確認します。入居中の入居者から介護保険で手すりを付けたいと承諾を求められたときの扱いは、入居者から手すりを付けたいと言われたら——介護保険の住宅改修と、オーナーの承諾書・退去時の原状回復で整理しています。
判断軸②:家賃帯が需要と噛み合っているか
2つ目の軸は家賃帯です。同調査では、借家(専用住宅)の1か月当たり家賃は59,656円で、2018年と比べ7.1%の増加となっています[1]。種類別では民営借家(木造)が54,409円、民営借家(非木造)が68,548円、公営の借家が24,961円です[1]。
高齢単身世帯の借家32.2%の内訳を見ると、公営の借家が8.1%、都市再生機構(UR)・公社の借家が2.7%、民営借家が21.0%という構成でした[1]。公的な借家が一定の受け皿になっている一方、その2倍以上を民営借家が担っている構図です。自社の空室が民営借家の平均家賃帯に近い、あるいはそれより下にあるなら、この層と噛み合う可能性は相対的に高いと見立てられます。逆に平均を大きく上回る物件では、家賃を下げずにターゲットだけを広げても、噛み合わないことがあります。
なお、低額所得者の入居にあたっては、改正住宅セーフティネット法にもとづく家賃と家賃債務保証料等の低廉化を支援する補助制度が設けられています[5]。自治体によって実施状況が異なるため、営業エリアでの取扱いを個別に確認してください。
判断軸③:リスクの分担を設計できるか
3つ目は、大家が実際に不安を口にする部分——家賃の支払い、室内で何かあったときの対応、退去時の残置物——を、自社だけで抱えずに分担できるかどうかです。ここは仕組みがすでに用意されている領域で、判断というより「使えるものを並べられるか」の確認になります。
家賃債務保証については、国土交通省が家賃債務保証業者登録制度に加え、2024年の法改正で認定家賃債務保証業者制度を新設しました。認定の基準には、緊急連絡先を親族などの個人に限定しないこと、保証人の設定を条件としないことなどが含まれます[7]。詳細は家賃債務保証と居住支援法人の記事で整理しています。
安否確認の面では、居住サポート住宅の枠組みで居住支援法人等が大家と連携し、日常の安否確認・見守り・福祉サービスへのつなぎを行う仕組みが制度化されています[5]。民間のサービスを組み合わせる場合の選び方は見守りサービスの記事に、具体的な安否確認・見守りの具体的なサービス内容を見ることができます。あわせて、原状回復や残置物の費用面をカバーする孤独死保険も説明材料になりますが、補償の範囲や上限は商品によって異なるため、個別の約款で確認したうえで案内する必要があります。
残置物については、国土交通省が「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公開しており、単一受任者・複数受任者に対応した契約書式が用意されています[6]。契約段階での実務は賃貸契約のチェックリストにまとめました。
判断軸④:制度の後ろ盾を使えるか
4つ目は制度です。改正住宅セーフティネット法は2025年(令和7年)10月1日に施行されました[5]。柱は、住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅を都道府県等に登録する「セーフティネット登録住宅」と、居住支援法人等が大家と連携して安否確認や見守り、福祉サービスへのつなぎを行う「居住サポート住宅」です[5]。
大家にとっての経済的な支援としては、セーフティネット専用住宅や居住サポート住宅の改修費に対する補助があります。ただし補助を受けた住宅は10年間、住宅確保要配慮者に限定して管理する必要があるとされており[5]、この期間の縛りは判断軸①の改修計画と一体で検討すべき条件です。加えて、国土交通省は「<大家さんのための>単身入居者の受入れガイド」(令和7年10月・第5版)を公開しています[6]。大家への説明の裏付けとして、公的資料をそのまま示せる点は実務上ありがたい材料です。制度全体の流れは改正住宅セーフティネット法の記事で解説しています。
判断を整理するチェックリスト
ここまでの4軸を、物件ごとに確認する項目として並べます。いずれも検討の可否を切り分けるためのもので、成果を約束するものではありません。
□ 空室の種別:対象の空室は共同住宅か。共同住宅の空き家の78.5%が賃貸用という構図のなかで、募集条件の競争になっていないか[1]。
□ 設備:手すりの設置と屋内の段差解消(住宅全体で44.0%・22.3%)に対応済みか。未対応なら改修の要否と補助の対象可能性を確認したか[1][5]。
□ 家賃帯:民営借家の平均家賃(木造54,409円・非木造68,548円、2023年)と比べて、自社の空室はどの位置にあるか[1]。
□ リスク分担:家賃債務保証(登録/認定)、見守り、残置物のモデル契約条項を、大家に提示できる形で揃えたか[6][7]。
□ 制度:セーフティネット登録住宅・居住サポート住宅の登録を検討したか。改修費補助を使う場合、10年間の管理条件を大家と共有したか[5]。
空室対策の打ち手を「同じ層のなかで条件を良くする」だけに限ると、周辺物件との消耗戦になりがちです。募集ターゲットを広げる選択肢は、そのすべての物件に当てはまるわけではありませんが、共同住宅で、設備が一定の水準にあり、家賃帯が民営借家の平均前後にある空室であれば、検討する価値のある選択肢として比較の対象に入ります。判断の材料は公的統計と制度資料の形ですでに揃っているため、あとは自社の在庫をこの4軸で棚卸しするところから始められます。受け入れを制度の枠組みで進めるなら、セーフティネット住宅の登録が入口になります。
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」(2023年10月1日現在。総住宅数6,504万7千戸/空き家900万2千戸・空き家率13.8%/賃貸用の空き家443万6千戸・空き家総数の49.3%/共同住宅の空き家502万9千戸のうち賃貸用78.5%=394万7千戸/一戸建の空き家352万3千戸のうち80.9%が賃貸・売却用及び二次的住宅を除く空き家/高齢者のいる世帯2,375万世帯・42.7%/高齢単身世帯761万7千世帯・32.1%/高齢者のいる世帯の持ち家81.6%・借家18.2%/高齢単身世帯の借家32.2%=公営8.1%・UR公社2.7%・民営借家木造7.6%+非木造13.4%/高齢者等のための設備がある住宅3,115万5千戸・56.0%、手すり44.0%・段差のない屋内22.3%・またぎやすい高さの浴槽20.5%・廊下などが車いすで通行可能な幅16.8%・道路から玄関まで車いすで通行可能13.4%/借家〈専用住宅〉の1か月当たり家賃59,656円・2018年比7.1%増、民営借家木造54,409円・非木造68,548円・公営24,961円)。stat.go.jp(PDF)
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 調査の結果」(調査の概要・用語の解説)。stat.go.jp
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」2024年推計(世帯主が65歳以上の単独世帯は2020年738万世帯→2050年1,084万世帯・1.47倍/一般世帯総数に占める65歳以上の単独世帯の割合13.2%→20.6%/世帯主が75歳以上の単独世帯は1.69倍)。ipss.go.jp(PDF)
- 総務省統計局「人口推計(2025年10月1日現在・令和2年国勢調査を基準とする確定値)」(65歳以上人口3,622万人・29.4%/75歳以上人口2,127万人・17.3%、いずれも過去最高)。同値は内閣府『令和8年版高齢社会白書(全体版)』第1章第1節1 表1-1-1 に掲載。cao.go.jp(PDF)
- 国土交通省「住宅セーフティネット制度」(改正住宅セーフティネット法は令和7年〈2025年〉10月1日施行/セーフティネット登録住宅/居住サポート住宅=居住支援法人等が大家と連携し安否確認・見守り・福祉サービスへのつなぎを実施/改修費補助は補助を受けた住宅を10年間 住宅確保要配慮者に限定して管理/家賃・家賃債務保証料等の低廉化補助)。mlit.go.jp
- 国土交通省「残置物の処理等に関するモデル契約条項」(単一受任者・複数受任者に対応した契約書式/「<大家さんのための>単身入居者の受入れガイド」令和7年10月・第5版)。mlit.go.jp
- 国土交通省「認定家賃債務保証業者制度」および「認定家賃債務保証業者制度の概要」(2024年の法改正で新設/認定の基準に、緊急連絡先を親族などの個人に限定しないこと、保証人の設定を条件としないことを含む)。mlit.go.jp/概要資料はPDF
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