高齢の入居者に電話がつながらない。郵便物が溜まっている。緊急連絡先にかけても出ない。——この状態で担当者が最初に迷うのは、「合鍵を持っているが、開けていいのか」という一点です。
結論を先に言うと、契約書の立入り条項は「安否確認のために開けてよい」とは書いていません。書かれていないところを埋めるのは管理会社の判断ではなく、警察の判断です。この記事では、国土交通省の賃貸住宅標準契約書と警察官職務執行法の条文が実際に何を認めているかを確認したうえで、連絡順序を整理します。
なお、以下は公表されている条文と自治体の案内を整理したものです。個別の事案の判断は、契約書の実際の条項と、警察・自治体の窓口の指示によります。
入居者と連絡が取れないとき、部屋に入っていいのか
合鍵を持っていることと、使ってよいことは別です。賃貸借契約では、借主が部屋を平穏に使う権利を持っており、貸主側の立入りは契約書で定めた場面に限られます。
国土交通省が公表している賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型)は、立入りを第16条に置いています[1][2]。原則は次のとおりです。
甲は、本物件の防火、本物件の構造の保全その他の本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる[2]。
「甲」が貸主、「乙」が借主です。管理上の必要があっても、原則は事前の承諾が要ります。そして連絡が取れない状況とは、まさにその承諾が取れない状況です。ここで条文の原則からは外れる、という自覚がまず必要になります。
なお同条第2項は「乙は、正当な理由がある場合を除き、前項の規定に基づく甲の立入りを拒否することはできない」と定めています[2]。これは連絡がついたうえで拒まれた場合の規定であり、連絡がつかない場合の根拠にはなりません。
賃貸住宅標準契約書の立入り条項は何を認めているか
承諾なしの立入りを認めているのは第16条第4項です[2]。
甲は、火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合においては、あらかじめ乙の承諾を得ることなく、本物件内に立ち入ることができる。この場合において、甲は、乙の不在時に立ち入ったときは、立入り後その旨を乙に通知しなければならない[2]。
読み取れることは2つあります。
- 無承諾の立入りが認められる場面はある——「緊急の必要がある場合」という受け皿がある
- 立ち入ったら借主への通知が要る——不在時に立ち入ったときは、事後に通知する義務が条文上ある
2つ目は見落とされがちですが、条文に書かれた義務です。立ち入って何もなかった場合でも、記録と通知は残ります。
「緊急の必要がある場合」に安否確認は含まれるのか
ここが実務でいちばん迷うところです。条文が例として挙げているのは「火災による延焼を防止する必要がある場合」のみで、安否確認は明示されていません[2]。
つまり、条文は「その他の緊急の必要がある場合」という包括的な言い方をしているだけで、どこからが緊急かの線引きを示していません。この空白を管理会社の側で埋めて開錠すると、後から「緊急ではなかった」と評価された場合に、こちらが説明責任を負う立場になります。
実務上の判断としては、次のように整理するのが穏当です。
- 室内から異臭がする、応答はないが物音がする、窓越しに人が倒れているのが見える——この段階は緊急性の説明がつきやすい
- 数日連絡がつかないだけ——旅行・入院・転居の可能性が残り、緊急性の説明が難しい
ただし、前者であっても管理会社が単独で開けるより、警察を呼んで立ち会ってもらうほうが筋が通ります。理由は次の項のとおりで、立入りの判断そのものに法律上の根拠を持っているのは警察だからです。
無断で立ち入るとどうなるのか
承諾のない立入りが「緊急の必要」に当たらないと判断された場合、借主の居住の平穏を侵したという評価につながります。合鍵を管理会社が保管していることは、開けてよい理由にはなりません。
また、部屋の中で入居者が亡くなっていた場合には、現場の状況が後の手続きに関わってきます。先に管理会社だけが入って動かしてしまうと、状況の確認が難しくなることがあります。亡くなった後の残置物をどう扱うかは残置物はどう片付けるのか——「誰を受任者にできるか」から読む国交省モデル契約条項の実務に、費用面の備えは孤独死保険とは?補償の範囲・オーナーへの説明ポイントにまとめています。
警察はどんなときに部屋へ立ち入れるのか
警察官の立入りは警察官職務執行法第6条に定めがあります[3]。
警察官は、前二条に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる[3]。
ここでの「前二条」は第4条(避難等の措置)と第5条(犯罪の予防及び制止)を指します。第4条は「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合」と定めています[3]。
「連絡が取れない」がそのまま条文に書かれているわけではありません。該当するかどうかを判断するのは現場の警察官です。管理会社の役割は、判断そのものではなく判断材料を渡すことだと考えるほうが実際に即しています。
あわせて、同法第3条は「応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは、取りあえず警察署、病院、救護施設等の適当な場所において、これを保護しなければならない」と定めています[3]。中で倒れていた場合の保護は、この規定につながります。
実務で覚えておくとよいのが同法第6条第4項です。立入りに際して、その場所の管理者から要求された場合、警察官は理由を告げ、身分を示す証票を呈示しなければなりません[3]。管理会社は「その場所の管理者」に当たりうる立場なので、記録を残すために求めることができます。
警察に連絡する前に確認しておくこと
警察に説明するとき、材料が揃っているほど話が早く進みます。開錠を前提にせず、次の項目を先に押さえておきます。
- いつから連絡が取れないか——最後に連絡がついた日時、その後の架電・訪問の記録
- 生活の痕跡——郵便物・新聞の溜まり方、電気メーターの動き、玄関周りの様子
- 緊急連絡先への連絡結果——誰に、いつ、何回かけて、どうだったか
- 本人の事情——入院・施設入所・帰省の可能性、直近の体調や見守りの記録
- 建物側の状況——異臭・水漏れ・共用部への影響の有無
5番目に当たるものがあれば、建物の管理上の必要という別の筋も立ちます。逆に1〜4だけの段階では、緊急性の説明は弱くなります。
緊急連絡先が形だけになっていると、この段取りは最初から詰まります。申込みの段階で誰を、どういう位置づけで置くかは高齢者の入居審査:何を見て、どこまで確認するのかで整理しています。
高齢の入居者なら、地域包括支援センターにも相談できる
連絡先が警察だけだと思われがちですが、高齢者については自治体の窓口があります。地域包括支援センターです。
たとえば岡山市は、市内16か所の窓口で高齢者に関する相談を受け付けており、「高齢者の異変や孤立などに気付いた場合は、最寄りの地域包括支援センターへご連絡ください」と案内しています[4]。相談料は無料です[4]。
ここが効くのは、本人や家族でなくても、気付いた側から相談できる点です。介護サービスを利用している入居者であれば、センター側が状況を把握している可能性もあります。近隣から臭いや害虫の苦情が出て、部屋に物があふれていると分かった場合のつなぎ方は高齢の入居者の部屋がゴミ屋敷に——大家・管理会社ができること、できないことで整理しています。
ただし時間帯には注意が要ります。岡山市の場合、相談対応時間は平日の午前8時30分から午後5時まで(祝日・年末年始を除く)とされています[4]。夜間と休日は開いていないため、その時間帯に切迫した状況が起きたときの連絡先は警察・消防になります。窓口数も対応時間も自治体ごとに異なるので、担当エリアの案内を平時に調べて手元に置いておくのが実際的です。
地域の相談先をどう見つけ、どうつながるかという枠組み自体は居住支援協議会とは?不動産会社が連携して得られるメリットにまとめています。
立ち入ったあとに管理会社がしなければならないこと
無事だった場合も、そうでなかった場合も、事後の処理が残ります。
- 借主への通知——第16条第4項により、不在時に立ち入ったときは立入り後にその旨を通知する義務があります[2]
- 記録の保存——連絡を試みた履歴、判断の経緯、立ち会った人、開錠の方法と時刻
- オーナーへの報告——費用負担が発生する場合は先に整理しておく
- 再発防止の見直し——同じ状況が起きたときに、より早く気付ける仕組みがあるか
1つ目は条文上の義務なので、無事だったから連絡しなくてよい、とはなりません。
連絡が取れない状態を作らないためにできること
ここまでは起きてしまった後の話です。頻度そのものを下げる手当ても制度側に用意されています。
2025年10月1日に施行された改正住宅セーフティネット法では、日常の安否確認、訪問等による見守り、生活・心身の状況が不安定化したときの福祉サービスへのつなぎを行う住宅として「居住サポート住宅」の認定制度が創設されました[5]。認定の要件そのものは「居住サポート住宅」の認定を受けるには——登録住宅との違いと申請の流れで扱っています。
認定を取らない場合でも、見守りサービスを個別に付ける選択肢があります。選ぶときの視点は見守りサービス比較の視点:高齢入居者の安否確認をどう選ぶに整理しました。その費用を誰が負担するのか、自治体の緊急通報システムに乗れるかどうかの見極めは高齢入居者の見守りの費用は誰が負担するのか:自治体の緊急通報システムの要件と、使えない場合の選択肢にまとめています。安否確認そのものを外部の仕組みに任せる方法としては、安否確認を外部の仕組みに任せる方法を見るのようなサービスもあります。
契約時に何をどこまで決めておくかは高齢者の賃貸契約:残置物・保証・家財の実務チェックリストにまとめています。ヘルパーの出入りのためにキーボックスの設置や合鍵の預け先を相談されたときに決めておくことは高齢の入居者からキーボックスを付けたいと言われたら——ヘルパーの出入りと合鍵、オーナーが承諾前に決めることで扱っています。
連絡が取れた結果として入院や施設入所が分かり、本人が解約の手続きをできない状態だった場合の進め方は入居者が施設に入るとき、賃貸借契約は誰が解約するのか——本人が手続きできない場合の実務で扱っています。
本人は戻るつもりで入院していて契約が続いている場合に、家賃・部屋への立入り・解約の持ちかけをどう扱うかは高齢の入居者が長期入院したら——家賃・部屋の管理・退院後の暮らし方、オーナーが決めてよいこと・よくないことにまとめています。
まとめ:判断の順序
迷ったときに戻る順番を並べておきます。
- 外から確認する——郵便物、メーター、異臭、物音。ここで緊急性の材料が集まる
- 緊急連絡先にあたる——結果を記録に残す
- 平日日中で高齢者なら、地域包括支援センターに相談する[4]
- 切迫していると判断できる材料があれば、警察に連絡する——立入りの判断は警察が行う[3]
- 立ち入った後は、借主への通知と記録を残す[2]
合鍵を持っている側が単独で判断しない、というのがこの手順の芯です。契約書の立入り条項は「緊急の必要」の中身を書いていません[2]。その空白を自分で埋めずに、判断の権限を持つ相手へ渡す。それが結果として、入居者にとっても管理会社にとっても安全な進め方になります。
- 『賃貸住宅標準契約書』の公表、現行版が平成30年3月版であること、家賃債務保証業者型・連帯保証人型の書式の提供:国土交通省「『賃貸住宅標準契約書』について」。mlit.go.jp(2026年9月2日確認)
- 第16条(立入り)第1項「甲は、本物件の防火、本物件の構造の保全その他の本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる。」、第2項「乙は、正当な理由がある場合を除き、前項の規定に基づく甲の立入りを拒否することはできない。」、第4項「甲は、火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合においては、あらかじめ乙の承諾を得ることなく、本物件内に立ち入ることができる。この場合において、甲は、乙の不在時に立ち入ったときは、立入り後その旨を乙に通知しなければならない。」:国土交通省「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型)」。mlit.go.jp(PDF)(2026年9月2日確認)
- 第6条(立入)第1項「警察官は、前二条に規定する危険な事態が発生し、人の生命、身体又は財産に対し危害が切迫した場合において、その危害を予防し、損害の拡大を防ぎ、又は被害者を救助するため、已むを得ないと認めるときは、合理的に必要と判断される限度において他人の土地、建物又は船車の中に立ち入ることができる。」、第6条第4項の理由の告知と証票の呈示、第4条(避難等の措置)第1項の「危険な事態」の列挙、第3条(保護)第1項の応急の救護:総務省行政管理局「e-Gov法令検索 警察官職務執行法(昭和二十三年法律第百三十六号)」。laws.e-gov.go.jp(2026年9月2日確認)
- 地域包括支援センターが市内16か所であること、「高齢者の異変や孤立などに気付いた場合は、最寄りの地域包括支援センターへご連絡ください」との案内、相談料が無料であること、相談対応時間が平日の午前8時30分から午後5時まで(祝日・年末年始を除く)であること:岡山市「地域包括支援センターについて(高齢者の困りごと相談、高齢者の異変に気付いたら)」。city.okayama.jp(2026年9月2日確認)
- 2025年10月1日施行の改正住宅セーフティネット法と、居住サポート住宅が日常の安否確認・訪問等による見守り・生活や心身の状況が不安定化したときの福祉サービスへのつなぎを行う住宅として認定される制度であること:国土交通省「住宅セーフティネット制度について」。mlit.go.jp(2026年9月2日確認)
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