高齢の入居者が長期入院したら——家賃・部屋の管理・退院後の暮らし方、オーナーが決めてよいこと・よくないこと

ひとり暮らしの高齢の入居者について、ある日ご家族やケアマネジャーから「先週から入院しています」と連絡が入る。あるいは、郵便受けがあふれているのに気づいて問い合わせたら入院していた——この記事は、そこで「家賃はどうなるのか」「部屋を見に行ってよいのか」「このまま戻れないなら解約を勧めてよいのか」で手が止まっているオーナー・管理会社の方に向けて書いています。

先に結論を書くと、入院しても賃貸借契約は続いています。本人が戻るつもりでいる間、オーナーが決めてよいのは「連絡の取り方」と「家賃が止まったときの手順」までで、部屋に入ることや契約を終わらせることを、入院を理由にオーナーの側から決めることはできません。以下では、民法と国土交通省の賃貸住宅標準契約書、厚生労働省の患者調査にあたって順番に整理します。個別の契約の判断には、最終的に弁護士への確認が要ります。

入居者が入院したら、賃貸借契約はどうなるのか

契約はそのまま続きます。民法第601条は、賃貸借を当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって効力を生じる契約と定めています[1]。入院している間も、部屋を使える状態に置いてもらう代わりに賃料を払うという約束は変わりません。

オーナーの側から契約を解除する典型は、債務不履行による解除です。民法第541条は、相手方が債務を履行しないときに、相当の期間を定めて催告し、その期間内に履行がなければ解除できると定める一方、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでないとしています[1]

国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)も同じ構造です。第10条第1項は、賃料支払義務などに違反し、相当の期間を定めて催告しても履行されないときに解除できるとし、第2項は使用目的の遵守義務などに違反し、催告しても履行されず本契約を継続することが困難であると認められるに至ったときに解除できるとしています[2]賃料が払われ、部屋が用法どおりに保たれている限り、入院していること自体はどちらにも当たりません。

高齢者の入院はどれくらい続くのか——患者調査の平均在院日数

「長期入院」と聞くと何か月も続く印象を持ちがちですが、平均で見るとそこまで長くはありません。厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」によると、令和5年9月中に病院・一般診療所を退院した患者の平均在院日数は、総数で28.4日、65歳以上で35.5日、75歳以上で39.0日でした[3]。年齢階級別では65歳以上が最も長くなっています[3]

ただし、傷病によって大きく異なります。同じ調査で傷病分類別に見ると、長い順に「精神及び行動の障害」290.4日、「神経系の疾患」93.3日、「循環器系の疾患」34.6日です(いずれも全年齢の総数・令和5年9月)[3]平均は統計上の値であって、目の前の入居者がいつ戻るかの見込みではありません。日数を目安に「そろそろ解約を」と考えるのではなく、次の節以降の手順で本人の意向を確かめることが先になります。

また、同じ調査で退院患者の入院前の場所は「家庭」が87.0%、退院後の行き先は「家庭」が81.5%でした(令和5年9月・全年齢。「家庭」には通院・在宅医療を含む)[4]。年齢別の内訳ではありませんが、入院した人の多くは自宅に戻っており、「入院した=もう戻ってこない」と決めてかかる根拠にはならないことが分かります。

入院中の家賃は払ってもらえるのか——止まったときの順番

口座振替や保証会社の収納代行で払われている場合、入院中も家賃は通常どおり引き落とされます。問題になるのは、本人が振込で払っていた場合や、残高が足りなくなった場合です。

  1. まず本人と連絡の取り方を決める。病院に直接電話しても、病院が入院の有無や病状を答えるとは限りません。連絡をくれた家族・ケアマネジャーを通じて、本人に確認できる経路を1本決めておきます
  2. 支払い方法を本人に確かめる。本人が振込をできない間、家族が立て替えるのか、口座振替に切り替えるのかを本人の意思で決めてもらいます。家族が払ってくれるからといって、家族が契約の当事者になるわけではありません
  3. 家賃債務保証を使っている場合は、保証委託契約に定められた手順を確認する。滞納の通知期限などは保証会社ごとに違います。標準契約書第17条も、保証の内容は別に定めるところによるとしています[2]
  4. それでも払われないときに、初めて第10条の催告の話になる。ここでも「入院しているから」ではなく「賃料が払われていないから」が理由です[1][2]

入院時の手続を支援する身元保証等サービスを本人が契約していることもあります。ただし、身元保証会社と家賃債務保証会社は役割が別で、身元保証があっても家賃の保証にはなりません。違いは高齢者の賃貸入居と身元保証会社:連帯保証人との違いと、国のガイドラインで確認する6項目で整理しています。

入院中の入居者の部屋に入ってよいのか——郵便物・冷蔵庫・水回り

家族から「冷蔵庫の中身を片付けたい」「郵便物を取りに行きたいので鍵を開けてほしい」と頼まれることがあります。ここは慎重に扱います。

標準契約書第16条第1項は、本物件の防火、本物件の構造の保全その他の本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て立ち入ることができるとし、承諾なしに入れるのは第4項の火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合に限っています[2]。承諾をするのは借主本人で、家族からの依頼は本人の承諾の代わりにはなりません。家族を部屋に入れる場合も、本人に意向を確かめ、誰がいつ入ったかを記録に残します。

一方で、空室と同じ状態が続くことによる建物側のリスクもあります。民法第615条は、賃借物が修繕を要するときに賃借人は、遅滞なくその旨を賃貸人に通知しなければならないと定めていますが[1]、入院中はこの通知が働きません。水漏れや設備の不具合に誰も気づかない期間ができるので、本人の了解のもとで家族に水道の元栓を閉めてもらう、郵便物の転送を手配してもらうといった、借主側でできる手当てを家族に伝えるのが現実的です。修繕など建物の保存に必要な行為については、民法第606条第2項が賃借人は、これを拒むことができないと定めていますが[1]、それでも立ち入る段取りは連絡を取って決めます。

連絡がまったく取れず、安否が分からない場合の立入りの線引きと警察への連絡は入居者と連絡が取れない:部屋に入れるのか、警察はいつ呼ぶのかで扱っています。

入院が長引いたら、オーナーから解約を持ちかけてよいのか

「退院の見込みが立たないなら、いったん解約して身軽になってはどうか」と、本人や家族に提案すること自体は禁じられていません。ただし、決めるのは借主です。標準契約書第11条は、乙(借主)が少なくとも30日前に解約の申入れを行うことで解約できると定めており[2]、借主からの解約はこの手続きになります。

ここで気をつけたいのは次の3点です。

  • 入院を理由に解約を迫らない。上の節のとおり、賃料が払われている限り入院は解除の理由になりません。退去を前提にした話し方をすると、本人の「戻りたい」という意向を確かめる前に話が進んでしまいます
  • 家族の「解約したい」は、本人の解約の意思表示とは限らない。本人が判断や手続きをできない状態のときは、成年後見人などの代理権の問題になります
  • 退院後に戻れるかどうかは、医療・介護の側が本人と決めること。年齢や入院日数からオーナーが判断する話ではありません

戻らないことが決まり、本人が手続きをできない場合の進め方(家族による解約の可否、成年後見人と家庭裁判所の許可、残置物)は入居者が施設に入るとき、賃貸借契約は誰が解約するのか——本人が手続きできない場合の実務にまとめています。

入居者の入院をオーナーが知るのが遅れるのはなぜか——「1か月以上の留守」の通知

入院の連絡は、たいてい遅れて届きます。緊急連絡先に書かれた親族の電話番号が古い、本人が「迷惑をかけたくない」と伝えていない、そもそも急な入院で本人が連絡できない——理由はさまざまです。

契約書の側には手がかりがあります。標準契約書第8条第5項は、別表第3に掲げる行為を行う場合には、甲に通知しなければならないとし、別表第3の第二号に1か月以上継続して本物件を留守にすることが挙がっています[2]。自社の契約書が標準契約書に沿っていれば、入院が1か月を超えそうなときは本来、借主から通知が来る事項です。この通知の義務は、第10条第2項が解除の対象に挙げる「第8条各項に規定する義務」にも含まれますが、同項の解除は、催告しても履行されず、その違反によって本契約を継続することが困難であると認められるに至ったときに限られます[2]。通知がなかったことだけで直ちに解除できるわけではないので、連絡の経路を作り直すきっかけとして扱うのが現実的です。ただ、急な入院では本人が通知できないことも多いので、「本人が連絡できないときに、誰から管理会社へ連絡してもらうか」を契約時や更新時に決めておくことが、実際の備えになります。

緊急連絡先を更新のタイミングで書き換える方法は高齢の入居者の契約更新でオーナーがやり直せること——法定更新・緊急連絡先・見守りの追加で扱っています。連絡を待つだけでなく、郵便物が溜まる前に暮らしの変化に気づける仕組みを置いておくと、入院を知るまでの空白を短くできます。入居者の暮らしの変化に早く気づくための見守りの仕組みをR65見守りで見る

退院して部屋に戻るとき、オーナーが確かめておくこと

本人が退院して戻ってくると決まったら、オーナー・管理会社が確かめておきたいのは次の4項目です。病状を聞き出す必要はありません。確かめるのは連絡と住まいのことに限ります。

  1. 緊急連絡先が今も有効か。入院で連絡が遅れたなら、その理由(古い番号、伝える人がいなかった)を本人と一緒に直す
  2. 入院中の部屋に不具合が出ていないか。水回りや設備を本人・家族に確認してもらい、修繕が要れば第615条の通知として受け付ける[1]
  3. 住まいに手を入れる予定があるか。介護保険の住宅改修で手すりを付けたいといった依頼が来ることがあります。承諾書の扱いは入居者から手すりを付けたいと言われたら——介護保険の住宅改修と、オーナーの承諾書・退去時の原状回復を参照してください
  4. 戻ってからの暮らしに、外から気づく手段があるか。見守りを付けるなら本人の同意を取り、同意書に書く項目は賃貸に見守りを入れるときの同意の取り方:契約書と同意書に書く項目にまとめています

退院してすぐは、入院前と同じ暮らしにそのまま戻れるとは限りません。本人にとっても家族にとっても、戻ってからの最初の数週間がいちばん様子の分かりにくい時期です。そこに気づける仕組みがあれば、オーナーは「また入院したのに知らなかった」という状態を避けやすくなります。退院後の暮らしの変化に気づける見守りをR65見守りで確かめる

まとめ:入居者が入院したとき、オーナーが決めてよいこと・よくないこと

  1. 入院しても賃貸借契約は続く。賃料が払われ、部屋が用法どおり保たれている限り、入院は解除の理由にならない(民法第601条・第541条、標準契約書第10条)[1][2]
  2. 65歳以上の退院患者の平均在院日数は35.5日、75歳以上は39.0日(令和5年9月)。傷病による差は大きく、平均は個別の見込みではない[3]
  3. 退院後の行き先は「家庭」が81.5%(令和5年9月・全年齢)。入院を「戻ってこない」と決めつける根拠はない[4]
  4. 家賃が止まったら、本人との連絡経路と保証委託契約の手順を先に確認する。催告は「入院」ではなく「不払い」を理由に行う[2]
  5. 部屋への立入りは本人の承諾が原則。家族の依頼は承諾の代わりにならない(標準契約書第16条)[2]
  6. 解約を決めるのは借主。提案はできても、入院を理由に迫らない(標準契約書第11条)[2]
  7. 「1か月以上の留守」は標準契約書で通知事項。本人が連絡できないときに誰から連絡が来るかを、契約時・更新時に決めておく(第8条第5項・別表第3)[2]

入院の連絡は、オーナーにとって慌てやすい知らせです。けれど契約の上では何も終わっていません。本人の意向を確かめる経路をつくり、戻ってきたときに暮らしを続けられる準備をする——オーナー・管理会社の役割は、そこに置くのが筋です。

出典
  1. 第541条(催告による解除、及び期間経過時の不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは解除できないとするただし書き)、第601条(賃貸借の効力)、第606条第2項(賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは賃借人はこれを拒むことができないこと)、第615条(賃借物が修繕を要するときの賃借人の通知義務):デジタル庁「e-Gov法令検索 民法(明治二十九年法律第八十九号)」。条文は e-Gov 法令APIの全文XMLで確認。laws.e-gov.go.jp(2026年9月15日確認)
  2. 第8条第5項(別表第3に掲げる行為を行う場合の甲への通知)及び別表第3第二号(1か月以上継続して本物件を留守にすること)、第10条第1項・第2項(契約の解除。第2項第二号に第8条各項の義務)、第11条第1項(乙からの解約・少なくとも30日前の申入れ)、第16条第1項・第4項(立入り)、第17条(家賃債務保証業者の提供する保証の内容は別に定めるところによること):国土交通省「『賃貸住宅標準契約書』について」掲載の「賃貸住宅標準契約書 平成30年3月版・家賃債務保証業者型」。mlit.go.jp(PDF)(掲載ページ:mlit.go.jp・2026年9月15日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)
  3. 令和5年9月中の退院患者の平均在院日数(総数28.4日・65歳以上35.5日・75歳以上39.0日、年齢階級別では65歳以上が最も長いこと)、傷病分類別の平均在院日数(精神及び行動の障害290.4日・神経系の疾患93.3日・循環器系の疾患34.6日):厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」3 退院患者の平均在院日数等(表6)。mhlw.go.jp(PDF)(概況の目次:mhlw.go.jp・2026年9月15日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)
  4. 令和5年9月中の推計退院患者数1,388.2千人のうち、入院前の場所が「家庭」87.0%、退院後の行き先が「家庭」81.5%であること(「家庭」には病院・一般診療所への通院、在宅医療も含む):厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況」4 入院前の場所・退院後の行き先。mhlw.go.jp(PDF)(2026年9月15日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)

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