不動産会社の非財務情報・人的資本開示に「高齢者受け入れ」はどう効くのか

「高齢者の入居を積極的に受け入れています」。この一文を、決算説明や金融機関との面談、あるいは取引先への会社紹介の場でどう位置づけるか——ここで詰まる会社は多いはずです。社会的に良いことをしている、という説明までは届く。しかしそれが企業価値のどこに効いているのかを、財務諸表の外側にある言葉で説明するとなると、途端に足場がなくなります。

この「財務諸表の外側」を指す言葉が非財務情報であり、その説明のしかたには、すでに国が示した枠組みがあります。金融庁は有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄を新設し、内閣官房は人的資本の可視化について指針を出し、国土交通省は不動産に特化した社会的インパクトの整理を公表しています。つまり器はもう用意されているのに、高齢者受け入れという中身がそこに載せられていない、というのが現状です。

本記事では、高齢者の入居受け入れを非財務情報としてどう記述し、どんなKPIを置き、誰に向けて説明するのかを、公的資料をもとに整理します。総論としての社会的意義は不動産会社のESG・社会的意義に関する記事で扱っており、本記事はその続きにあたる「開示」の話です。なお会計・法務の個別の判断については、専門家にご確認ください。

制度は先に動いている——サステナビリティ情報の記載欄はすでにある

まず事実関係から確認します。金融庁は「企業内容等の開示に関する内閣府令」を改正し、令和5年(2023年)1月31日に公布・施行しました[1]。この改正で、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、改正後の規定は令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されています[1]

記載欄の中身には濃淡があります。「ガバナンス」及び「リスク管理」については必須記載事項とされ、「戦略」及び「指標及び目標」については重要性に応じた記載を求める、という構成です[1]。さらに人的資本については、「人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等」が必須記載事項として、記載欄の「戦略」と「指標及び目標」に位置づけられました[1]

ここで一点、混同を避けるために整理しておきます。人的資本開示が対象にしているのは、自社の従業員に関する事柄です。高齢の入居者を受け入れることは、厳密にはそこには当たりません。高齢者受け入れが載るのは、同じ記載欄のうちサステナビリティ全般の「戦略」と「指標及び目標」のほうです。ただし後述するとおり、人的資本の可視化で整えられた「書き方の型」は、そのまま流用できます。制度の枠がどこかを取り違えたまま書くと説明が崩れるので、最初に押さえておく価値のある区別です。

書き方の型は「4つの要素」——高齢者受け入れを当てはめてみる

内閣官房の非財務情報可視化研究会が公表した「人的資本可視化指針」は、開示の構造について明快な推奨をしています。気候関連情報の開示フレームワークであるTCFD提言において推奨されて以来、資本市場から広く受け入れられつつあり投資家にとって馴染みやすい開示構造として、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの要素に沿って開示することが効果的かつ効率的であるとされています[2]。金融庁の記載欄が同じ4区分で組まれているのも、この流れの上にあります。

この4要素に、高齢者受け入れを当てはめると、書くべきことの輪郭がはっきりします。

ガバナンス——誰がこの方針を決め、どこで進捗を見ているのか。経営会議での議題化、担当部署の設置、受け入れ基準の決裁ラインなどが該当します。指針は、目指すべき姿やモニタリングすべき指標について「取締役・経営層レベルで密な議論を行った上で、自ら明瞭かつロジカルに説明すること」を期待される事柄として挙げています[2]。担当者の善意で回っている状態は、この要素では書けません。

戦略——なぜやるのか、事業とどうつながるのか。ここは需要側の数字が支えになります。国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(2024年推計)によれば、世帯主が65歳以上の単独世帯は2020年の738万世帯から2050年には1,084万世帯へと約1.47倍になり、一般世帯総数に占める割合は13.2%から20.6%へ上昇すると見込まれています[3]。市場の構造変化として書ける材料です。地域別の見方は都道府県別データの読み方の記事にまとめました。

リスク管理——何が起きうると想定し、どう手当てしているのか。保証の受け皿、緊急時の連絡体制、退去時の原状回復の整理などがここに入ります。実務としての手当ては高齢者の入居審査に関する記事で分解しています。

指標と目標——次の章で扱います。

「価値向上」と「リスク」——同じ取り組みが2つの意味を持つ

可視化指針にはもう一つ、実務で効く整理があります。開示事項には、企業の戦略的な企業価値向上に向けた取組を表現し投資家からの評価を得ることを企図する「価値向上」に関する開示と、投資家からのリスクアセスメントニーズに応えネガティブな評価を回避する観点から必要な「リスク」に関する開示の双方が含まれる、という2類型の考え方です[2]。そして1つの開示事項の中に「価値向上」と「リスク」の双方の観点が含まれることもあると明記されています[2]

指針が挙げている例がそのまま参考になります。ダイバーシティや身体的・精神的健康に関する開示は、イノベーションや生産性といった戦略的な「価値向上」とともに、企業の社会的責任に対する「リスク」のマネジメントの双方の観点から捉えられる開示事項とされています[2]

高齢者受け入れは、まさにこの両面を持つ取り組みです。空室期間の短縮や入居後の居住期間の長さという面では「価値向上」、孤独死対応や原状回復、近隣説明という面では「リスク」のマネジメント。どちらか一方だけを書くと説明が薄くなります。指針は、企業がどのような開示ニーズに対応して当該事項を選択・開示するのかを明確にしながら開示を進めることが望ましいとしています[2]ので、両面あることを認めたうえで、それぞれの軸で何を見ているかを分けて書くのが筋が通ります。

空室対策の側面から見た判断基準は空室対策としての高齢者受け入れの記事に、リスク側の手当ての中心となる見守りについては見守りサービスの選び方の記事に整理しています。サービスの実例としてはリスク対応の柱になる見守りサービスの実例を見ることができます。

KPIをどう置くか——「自社としての定義」を書けるかが分かれ目

非財務のKPI設計でつまずきやすいのは、他社と同じ指標を並べようとして、自社の事業と結びつかない数字になってしまう点です。可視化指針は、独自性のある取組・指標・目標について、ビジネスモデルや経営戦略との関連性、当該事項を重要だと考える理由、自社としての定義、進捗・達成度等の説明を重視して開示するとしています[2]数字そのものより、なぜその数字なのかの説明が求められているということです。あわせて、可能な場合には比較可能性にも配意するとされています[2]

この方針に沿うなら、高齢者受け入れのKPIは自社の管理データから組めます。たとえば次のような置き方が考えられます。

指標を決める前の手順(受益者とアウトカムを先に置く順序)と、どこまで作り込むかの選び方は、高齢者受け入れを非財務価値のKPIとして設計する手順で扱っています。

1. 受け入れの量を示す指標。65歳以上の入居申込のうち成約に至った件数と割合、管理戸数のうち年齢を理由とした条件を設けていない物件の戸数。分母と分子の定義を明記することが前提になります。

2. 制度への接続を示す指標。セーフティネット登録住宅として登録している戸数、居住サポート住宅の認定を受けた戸数、連携している居住支援法人の数。国土交通省の住宅セーフティネット制度では、住宅確保要配慮者は法律において低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と定められており、その入居を拒まない賃貸住宅の登録制度が設けられています[4]公的な登録・認定は外形的に検証できるため、比較可能性の面で扱いやすい指標です。制度の全体像は改正住宅セーフティネット法の解説記事で扱っています。

3. リスク手当ての実装率を示す指標。高齢入居者のうち見守りの仕組みを導入している割合、家賃債務保証を付している割合、残置物の取り扱いを契約書面で整理している割合。

4. 成果側の指標。高齢入居者の平均居住期間、退去後の空室期間。ここは母数が小さいと年ごとの振れが大きくなるため、単年の数字だけで語らず、母数を併記する扱いが向いています。

目標を置く際に踏まえておきたいのが、貸す側の意識の現在地です。内閣府『令和7年版高齢社会白書』によれば、高齢者の入居に関する賃貸人(大家等)の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」が44%、「従前と変わらず拒否感が強い」が16%、「従前より拒否感が強くなっている」が6%で、合わせて7割弱が何らかの拒否感を持っています[5]。ただしその内訳では最大層は拒否感が弱まりつつある層であり、オーナーへの説明材料を用意できるかどうかが、この指標が動くかどうかを左右します。断られる側から見た構造は高齢者が入居を断られる理由と対策の記事にまとめています。

非上場の会社にこそ効く——「資金対話」「事業対話」の共通言語として

ここまで有価証券報告書を軸に書いてきましたが、この整理が役に立つのは上場企業だけではありません。むしろ地域で賃貸管理を手がける非上場の会社にとって、金融機関や取引先、オーナーに対する説明材料としての価値のほうが実感しやすいはずです。

その裏づけになるのが、国土交通省が令和5年(2023年)3月に公表した「社会的インパクト不動産」の実践ガイダンスです[6]。同ガイダンスは、不動産に係る社会課題・取組を4段階14課題52項目に整理したうえで、これを「資金対話」「事業対話」の共通言語として位置づけています[7]。相手が投資家であれ融資担当者であれ事業パートナーであれ、同じ土俵の言葉で話せる状態をつくることが目的だという整理です。社会課題「こども・少子高齢化への対応」の評価分野「高齢者支援」には、高齢者向けの住宅や支援施設の整備及び支援の提供が挙げられています[7]

同ガイダンスは、すべての項目を満たす趣旨ではなくカスタマイズして活用可能であるとし、定型化や形式主義の罠についても注意を促しています[7]。これは実務者にとって重要な但し書きです。項目を埋めること自体が目的化すると、非財務情報は書類仕事に変わってしまいます。自社が実際にやっていることの中から、説明できるものだけを選んで書く——出発点はそこで足ります。

非上場であれば、まとまった開示書類は不要です。会社案内の1ページ、オーナー向け報告書の1項目、融資面談の資料の1枚。器の大きさは自由で、必要なのは「4つの要素」「価値向上とリスクの両面」「自社定義のKPI」という構造のほうです。連携先の探し方は居住支援協議会の記事が参考になります。

まとめ:先に「言葉」を持っておく

高齢者の入居受け入れは、多くの会社ですでに個別の判断として行われています。足りていないのは実態ではなく、それを企業価値の文脈で説明する言葉のほうです。

制度の側は、令和5年の開示府令改正でサステナビリティ情報の記載欄という器を用意し[1]、可視化指針が4つの要素と2つの観点という型を示し[2]、社会的インパクト不動産のガイダンスが不動産に特化した共通言語を整理しました[7]3つとも、書き手が一から考える必要のない部分をすでに埋めてくれています。

いま取りかかるなら、順序は難しくありません。①自社が高齢者受け入れで実際にやっていることを4つの要素に振り分ける。②そのうち「価値向上」として語れるものと「リスク」の手当てとして語れるものを分ける。③数えられる項目を2〜3個だけ選び、定義を書き添える。この3ステップで、説明の骨格はできます。数字が育つのはそのあとです。指標は、置いてからでないと貯まりません。

出典
  1. 金融庁「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正について」(令和5年〈2023年〉1月31日公布・施行。改正後の規定は令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用/有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設し、「ガバナンス」及び「リスク管理」については必須記載事項、「戦略」及び「指標及び目標」については重要性に応じた記載を求める/人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等について、必須記載事項として記載欄の「戦略」と「指標及び目標」において記載を求める)。fsa.go.jp
  2. 内閣官房 非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針」(2022年8月)。開示の4つの要素(TCFD提言において推奨されて以来、資本市場から広く受け入れられつつあり投資家にとって馴染みやすい開示構造となっている「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの要素に沿った開示が効果的かつ効率的)/取締役・経営層レベルで密な議論を行った上で自ら明瞭かつロジカルに説明すること/開示の2類型(「価値向上」に関する開示と「リスク」に関する開示の双方が含まれる/1つの開示事項の中に双方の観点が含まれることもある/ダイバーシティや身体的・精神的健康に関する開示は、イノベーションや生産性といった戦略的な「価値向上」とともに、企業の社会的責任に対する「リスク」のマネジメントの双方の観点から捉えられる開示事項/どのような開示ニーズに対応して当該事項を選択・開示するのか明確にしながら開示を進めることが望ましい)/独自性のある取組・指標・目標はビジネスモデルや経営戦略との関連性、当該事項を重要だと考える理由、自社としての定義、進捗・達成度等の説明を重視して開示し、可能な場合には比較可能性にも配意。cas.go.jp(PDF)
  3. 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」2024年推計(世帯主が65歳以上の単独世帯は2020年738万世帯→2050年1,084万世帯・約1.47倍/一般世帯総数に占める割合13.2%→20.6%)。ipss.go.jp(PDF)
  4. 国土交通省「住宅セーフティネット制度」(住宅確保要配慮者は法律において低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と定められている/住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度/令和7年10月1日に改正住宅セーフティネット法が施行され居住サポート住宅が設けられた)。mlit.go.jp
  5. 内閣府「令和7年版高齢社会白書(全体版)」第1章第2節4 生活環境(高齢者の入居に関する賃貸人〈大家等〉の意識は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」44%・「従前と変わらず拒否感が強い」16%・「従前より拒否感が強くなっている」6%で、7割弱が拒否感を持っている)。cao.go.jp
  6. 国土交通省 報道発表資料「『社会的インパクト不動産』の実践ガイダンスを公表します」(令和5年〈2023年〉3月24日公表/不動産に係る社会課題・取組を4段階14課題52項目に整理)。mlit.go.jp
  7. 国土交通省「『社会的インパクト不動産』の実践ガイダンス」(令和5年3月。4段階14課題52項目の整理/「資金対話」「事業対話」の共通言語としての位置づけ/社会課題「こども・少子高齢化への対応」の評価分野「高齢者支援」のアクティビティは高齢者向けの住宅や支援施設の整備及び支援の提供・バリアフリー設備の設置/定型化や形式主義の罠への注意/すべての項目を満たす趣旨ではなくカスタマイズして活用可能)。mlit.go.jp(PDF)

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