賃貸の高齢入居者とヒートショック:浴室暖房の後付けと入浴中の事故の告知

管理物件に、70代・80代の一人暮らしの入居者が何人もいる。築年数の古い物件では、冬になると脱衣所も浴室もかなり冷える。入居者から「お風呂に暖房を付けられないか」と相談されたこともある——冬を前に、オーナーや管理会社の担当者が気にかけ始めるのが、入浴中の事故です。

この記事では、まず高齢者の入浴中の事故がどのくらい起きているのかを公表データで確かめ、そのうえで浴室暖房を付ける・付けたいと言われたときの契約上の扱い入浴中に亡くなった場合に次の募集で告知が要るのか、そして冬の前に管理会社がやっておけることを、一次資料に沿って整理します。

高齢者の入浴中の事故で、年に何人が亡くなっているのか

消費者庁が令和7年12月23日に公表した注意喚起によると、厚生労働省「人口動態統計(令和6年)」で「浴槽内での及び浴槽への転落による溺死及び溺水」による死亡者数は令和6年に7,776人でした。このうち65歳以上が7,363人で、約95%を占めます[1]。年代別では65〜79歳が2,646人、80歳以上が4,717人です[1]

同じ資料は、不慮の事故のうち「交通事故」による65歳以上の死亡者数が2,103人であることを示し、浴槽での溺死及び溺水による死亡者数はその3倍以上としています[1]。また東京消防庁のまとめとして、令和5年に溺れる事故で救急搬送された高齢者(65歳以上)は460人で、冬場に増える傾向があると紹介しています[1]

季節の偏りについては、消費者庁の令和2年11月19日の注意喚起が、家や居住施設の浴槽での事故が「11月~4月の冬季を中心に多く発生」していると述べています[2]。いまから冬に向けての半年が、備えるべき時期にあたります。

ヒートショックが賃貸住宅で問題になりやすい理由:脱衣所と浴室の寒さ

消費者庁は、冬場に溺れる事故が起こる原因として、暖かい室内と寒い脱衣所や浴室との温度差などによる急激な血圧の変動や、熱いお湯に長くつかることによる体温上昇での意識障害などを挙げています[1]。いわゆる「ヒートショック」と呼ばれるのが、この温度差による血圧の変動です。

住まいの温度と健康の関係については、国土交通省が支援した「断熱改修等による居住者の健康への影響調査」(平成26〜30年度・改修前の健康調査4,131人)の第3回中間報告(平成31年1月24日)が、次のような知見を示しています[3]

  • 居住者の血圧は、部屋間の温度差が大きく、床近傍の室温が低い住宅で有意に高い
  • 断熱改修後に、居住者の起床時の最高血圧が有意に低下
  • 居間または脱衣所の室温が低い住宅では、熱め入浴の確率が有意に高い

賃貸住宅、とくに築年数の古い物件では、脱衣所に暖房がなく、浴室にも暖房設備が付いていないことが少なくありません。建物の断熱性能は入居者の工夫では変えられない部分なので、ここはオーナー側の判断が関わる領域です。ただし、この調査が示しているのは室温と血圧・入浴習慣の関係であり、特定の設備を付ければ事故が防げると言えるものではない点には注意が必要です。

賃貸の浴室暖房は後付けできるのか——オーナーが付ける場合と、入居者が付けたい場合

浴室暖房乾燥機や脱衣所の暖房を後付けする話は、誰が付けるかで契約上の扱いが変わります。国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)に沿って分けると、次のとおりです[4]

オーナーが設備として付ける場合

貸主が自分の建物に設備を加えることは、貸主の判断で行えます。ただし標準契約書の第9条第1項は、「甲は、乙が本物件を使用するために必要な修繕を行わなければならない」とし、借主の責めに帰すべき事由によるもの以外の修繕費用は貸主の負担としています[4]。設備として付けるなら、故障したときの修繕まで含めて判断することになります。工事で入居者の部屋に入る必要があるときは、第16条第1項が「本物件の管理上特に必要があるときは、あらかじめ乙の承諾を得て、本物件内に立ち入ることができる」としているので、日程を含めて入居者の承諾を得てから行います。なお、既存の設備の故障による取り替えのように第9条第1項の「修繕」に当たる場合は、同条第2項により、あらかじめその旨を借主に通知します[4]

入居者が工事をして付けたいと言ってきた場合

第8条第2項は、「乙は、甲の書面による承諾を得ることなく、本物件の増築、改築、移転、改造若しくは模様替…を行ってはならない」と定めています[4]。天井や壁に取り付ける浴室暖房のように工事を伴うものは、書面での承諾を検討する対象です。承諾する場合に、退去時に残すのか撤去するのか、費用は誰が持つのかを書面に残しておく点は、手すりの設置と同じ考え方で整理できます。承諾書の書き方は入居者から手すりを付けたいと言われたときの承諾書と原状回復の記事で詳しく扱っています。

工事を伴わない暖房機を脱衣所に置く場合

コンセントにつなぐだけの置き型の暖房機は、標準契約書で貸主の書面による承諾を要するものとして挙がっている行為(第8条第2項の増改築・模様替等、別表第2の共用部分への物品の設置など)には含まれていません[4]。承諾の問題にはなりにくい一方で、水回りで電気製品を使うことになるため、脱衣所での使用が想定された製品かどうか、コンセントの位置や容量に無理がないかは、相談を受けた段階で一緒に確認しておくと安心です。暖房器具が原因の火災が起きた場合の責任の整理は、高齢の入居者が火事を出したときの失火責任法と原状回復の記事にまとめています。

一人暮らしの高齢者のヒートショック対策は「同居者に一声」ができない

消費者庁が示す入浴前のポイントには、次のような項目が並んでいます[1]

  • 温度差を減らすため、前もって脱衣所や浴室を暖めておく
  • 部屋間の温度差について温度計を活用し、温度の見える化をする
  • 入浴前に水分補給をする
  • 食後すぐの入浴や、飲酒後、医薬品服用後の入浴は避ける
  • 同居者がいる場合、入浴前に同居者に一声掛け、入浴中であることを認識してもらう

入浴時についても、熱いお湯や長時間の入浴を避ける、浴槽から急に立ち上がらない、そして「同居者はこまめに声掛けをして様子を確認」することが挙げられています[1]。同じ資料は、周囲の人が「時間が長い」「音が全くしない」「突然大きな音がした」などの異常を感じたら、ためらわずに声を掛けるよう呼びかけています[1]

ここで気づくのは、予防策の一部が「そばに誰かがいること」を前提にしていることです。一人暮らしの入居者には、入浴前に声を掛ける相手も、長湯に気づいてくれる人もいません。浴室で倒れた場合、次に誰かが異変に気づくのは、家族からの連絡が途絶えたときや、郵便物がたまったときになりがちです。単身の高齢入居者については、「気づく人がいない時間」をどう埋めるかが、設備と並ぶもう一つの論点になります。

自治体の緊急通報システムが使えるかどうか、使えない場合にどんな選択肢があるかは、見守りの費用は誰が負担するのかを整理した記事で扱っています。電気の使用状況などから生活の変化に気づく仕組みを、物件側で用意しておく方法もあります。一人暮らしの高齢入居者の異変に、家族や管理会社が気づける仕組みを見る

入浴中に亡くなった場合、次の入居者募集で告知は必要か

オーナーが気にするもう一つの点が、万一の場合の告知です。国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)は、老衰や持病による病死などの自然死に加えて、「自宅の階段からの転落や、入浴中の溺死や転倒事故、食事中の誤嚥など、日常生活の中で生じた不慮の事故による死」についても、賃貸借取引・売買取引いずれの場合も、原則として、これを告げなくてもよいとしています[5]

ただし同じガイドラインは、自然死や日常生活の中での不慮の死であっても、「長期間にわたって人知れず放置されたこと等に伴い、いわゆる特殊清掃や大規模リフォーム等」が行われた場合は、借主の判断に重要な影響を及ぼす可能性があるとして別の扱いにしています[5]。賃貸借取引では、特殊清掃等が行われることとなった死が発覚してから概ね3年間を経過した後は、原則として借主に告げなくてもよいとされています(事件性、周知性、社会に与えた影響等が特に高い事案は除く)[5]

つまり、入浴中の事故そのものは原則として告知の対象外でも、発見が遅れて特殊清掃が必要になると、告知の扱いが変わるということです。原状回復や特殊清掃の費用を誰が負担するかについては、孤独死の原状回復費用の負担を特約と実務から整理した記事を参照してください。オーナーにとっての損失を小さくする意味でも、早く気づけるかどうかが分かれ目になります。

入浴中の異変が疑われるとき、管理会社は部屋に入れるのか

「浴室の電気がずっと点いている」「家族が電話しても出ない」といった連絡を受けたときの立入りは、標準契約書の第16条が関係します。第16条第4項は、「火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合」には、あらかじめ借主の承諾を得ることなく本物件内に立ち入ることができ、不在時に立ち入ったときは立入り後にその旨を借主に通知しなければならないとしています[4]

安否確認がこの「緊急の必要がある場合」にどこまで含まれるか、警察にはいつ連絡するかといった判断の順序は、入居者と連絡が取れないときに部屋に入れるのかを整理した記事で詳しく扱っています。冬の前に、社内で「誰が、どの順で判断するか」を確認しておくと、実際に連絡を受けたときに迷う時間を減らせます。

冬の前に管理会社がやっておくこと

ここまでの内容を、秋のうちに進めておける作業に落とすと、次のようになります。

  1. 単身の高齢入居者がいる部屋を把握する。緊急連絡先が今も連絡の取れる状態か、あわせて確認する
  2. 浴室・脱衣所に暖房設備がない部屋を洗い出す。設備として付けるかどうかをオーナーと相談する材料にする(修繕の負担まで含めて判断する)
  3. 入居者から暖房の設置相談があったときの対応を決めておく。工事を伴うものは書面の承諾、置き型は製品と電源の確認
  4. 入浴時の注意を、入居者向けのお知らせとして配る。消費者庁のポイント(脱衣所を暖める・湯温と時間・急に立ち上がらない・食後や飲酒後を避ける)を分かりやすく伝える
  5. 「気づく人がいない時間」への備えを検討する。自治体の緊急通報システムや見守りの仕組みを、入居者や家族と話し合う
  6. 異変の連絡を受けたときの立入りと警察への連絡の手順を、社内で共有する

こうした備えは、1件ずつ個別に対応するより、高齢の入居者を受け入れる物件全体の運用として持っておくほうが回しやすくなります。高齢者の入居を扱う不動産会社のネットワークでは、見守りや保証などの受け入れの体制を組み合わせて扱っています。高齢入居者の受け入れ体制を自社でも扱うためのパートナー登録について相談する

まとめ:高齢入居者のヒートショック対策で押さえること

  1. 浴槽での溺死及び溺水による死亡者は令和6年に7,776人、うち65歳以上が7,363人(約95%)。65歳以上の交通事故死亡者数の3倍以上[1]
  2. 事故は11月~4月の冬季を中心に多い。暖かい部屋と寒い脱衣所・浴室の温度差が原因の一つとされる[1][2]
  3. 浴室暖房をオーナーが設備として付けるなら、故障時の修繕まで含めて判断する。入居者が工事を伴うものを付けるなら書面の承諾[4]
  4. 一人暮らしでは「同居者に一声」ができない。気づく人がいない時間をどう埋めるかを考える[1]
  5. 入浴中の事故による死亡は、原則として告知不要。ただし長期間放置され特殊清掃等が行われた場合は扱いが変わる[5]

建物の寒さは入居者だけでは変えられず、入浴中の異変は一人暮らしでは本人以外に気づく人がいません。設備と、気づく仕組みの両方から冬を迎える準備をしておくことが、入居者を守ることにも、オーナーの損失を小さくすることにもつながります。

出典
  1. 消費者庁「年末年始、高齢者の事故に注意しましょう!-思いがけない事故のリスクは事前に減らすことができます-」(令和7年12月23日)。「1.浴室での溺水事故」:厚生労働省「人口動態統計(令和6年)」による「浴槽内での及び浴槽への転落による溺死及び溺水」の死亡者数7,776人、うち65歳以上7,363人(約95%)、年代別(65~79歳2,646人・80歳以上4,717人)、65歳以上の交通事故死亡者数2,103人、東京消防庁のまとめによる令和5年の溺れる事故での高齢者の救急搬送460人、事故防止のポイント(入浴前・入浴時)。caa.go.jp(PDF)(2026年9月18日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)
  2. 消費者庁「冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!-自宅の浴槽内での不慮の溺水事故が増えています-」(2020年11月19日公表)。家や居住施設の浴槽における事故が「11月~4月の冬季を中心に多く発生」していること。caa.go.jp(2026年9月18日確認)
  3. 国土交通省 報道発表資料「住宅内の室温の変化が居住者の健康に与える影響とは?調査結果から得られつつある『新たな知見』について報告します~断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)~」(平成31年1月24日)および別紙2(成果概要:居間または脱衣所の室温が低い住宅では、熱め入浴の確率が有意に高い)。mlit.go.jp別紙2(PDF)(2026年9月18日確認)
  4. 第8条第2項(乙は、甲の書面による承諾を得ることなく、本物件の増築、改築、移転、改造若しくは模様替又は本物件の敷地内における工作物の設置を行ってはならない)、第8条第4項・別表第2(甲の書面による承諾を要する行為)、第9条第1項・第2項(契約期間中の修繕と費用負担、修繕を行う場合の事前通知)、第16条第1項(管理上特に必要があるときの承諾を得た立入り)・第4項(緊急の必要がある場合の承諾を得ない立入りと事後の通知):国土交通省「賃貸住宅標準契約書 平成30年3月版・家賃債務保証業者型」。mlit.go.jp(PDF)(2026年9月18日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)
  5. 国土交通省不動産・建設経済局不動産業課「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)。4.(1)①自然死又は日常生活の中での不慮の死(入浴中の溺死等を含む)は原則として告げなくてもよいこと、ただし長期間にわたって人知れず放置されたこと等に伴い特殊清掃や大規模リフォーム等が行われた場合は別の扱いとなること、②賃貸借取引では概ね3年間を経過した後は原則として告げなくてもよいこと。mlit.go.jp(PDF)(2026年9月18日確認・PDF本文を全文抽出して逐語照合)

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